制作ニュース

Next主催ミーティング:『観客創造と広報を巡って』 ~「広報-集客の関係」と「観客創造への試み」の現在地~ レポート

13.08/05


【日時】2012年11月21日(水)18:00~21:00
【会場】F/Tインフォメーション (東京芸術劇場B1「アトリエイースト」)
【主催】有限会社ネビュラエクストラサポート(Next)
【共催】フェスティバル/トーキョー(F/T)
モデレーター:川口聡(Next)

舞台芸術に携わるすべての人にとって取り組むべきテーマである「観客創造」について、この先どういった可能性があるのか、事例や考え方をシェアし、ディスカッションから発想のヒントを得ようという2012年11月に行われたミーティング。40名を超える様々な立場の方々にご参加いただきました。


第一部
「TOKYO/SCENE」創刊の背景や経緯、
実際の集客状況について(事例紹介とフィードバック)

モデレーター:
今秋(2012年秋)開催された「フェスティバル/トーキョー(F/T12)」では、主催演目の個別チラシを作成しない代わりに“観客と作品、観客とフェスティバルをつなぐ、新たなアート・ジャーナリズムの挑戦”と銘打ったジャーナル「TOKYO/SCENE」を発行するという試みが展開されました。チラシとは異なる独自の広報メディアを作るという戦略にはどんな意図があったのか、まずはF/T実行委員会事務局スタッフの皆さんにお話を伺いたいと思います。
F/Tジャーナル「TOKYO/SCENE」http://festival-tokyo.jp/journal/


相馬千秋さん(F/Tプログラム・ディレクター)

■ジャーナル「TOKYO/SCENE」の戦略
演劇を好きな人の中で演劇を語っていくことには、限界が来ていると感じている。そこを目標にして進んでいくと、間口が狭くなり内輪化していき、演劇自体が萎んでしまう。それは広報だけの問題ではなく、演劇の中身自体の問題でもある。演劇が日常となっている層は、日本の社会ではごくわずかであることを自覚して、演劇という表現行為が、社会の中でどのようなものとして成立しているのかを考える必要がある。外側から演劇を見る視点を持ち続けることが、作品の創造とそれに付随する広報にも影響してくる。どれだけ演劇の側から外に開いていけるか、また、外の社会がいかに演劇と地続きであるか、を双方向で示せる仕組みを作るというのが大前提の理念。F/Tには、新しい価値を生み出していく役割がある。それはつまり、評価が定まっておらず、認められていないものでも、「これからはあり得る」ということを一般社会にアピールしていくということであり、広報面では不利になる。「年に1回のフェスティバルで、ラインナップはほとんど誰も知らない作品」という状況で、作品の魅力を伝えていくにはどういった方法があるのか。そのひとつの試みとしてジャーナルを作成した。作品の見どころやキャッチフレーズを並べたチラシよりも(そういった部分はパンフレットやWEBなどベーシックな媒体でカバー出来る)、企画意図、演目の成り立っている文脈を通して、フェスティバル全体として伝えていきたいことをまとめて皆さんと共有していくツールを作りたいと考えた。ジャーナルはF/Tの会場よりも全国の書店や美術館を中心に設置した。ビジュアルからはちょっとお洒落なカルチャー誌という印象を与え、演劇のことを全く知らなくても興味を持って読んでもらえる記事もたくさんある。そこからチケットを買うなど、直接リーチ出来た人がどれだけいたのか等の諸々の分析はまだこれから。

■新たな広報の模索
広報の在り方は、社会の流れとともに常に変わっていく。過去5年間のF/Tを振り返ってみると、以前はツイッターも無く、チラシに頼るところが今よりも大きかった。2010年に初めてツイッターとともにフェスティバルが行われるようになると、お客さんがみなツイッターに感想を書くようになり、また、アンケートの回収率が著しく落ちた。2011年の東日本大震災を経た今年は、更にツイッターの力は無視できないものとなり、公演の集客においてもツイッターの評判に比例するほどになった。広報の主軸がそこに移ってきたのではないか、という印象がある。そして、即効性のあるメディアが主軸になったことで、とにかく前売り券が売れなくなっている。ツイッター等で評判になったとたん、当日券が動くという状態がここ1年顕著に表れている。それに対応して、我々はどういう新しい広報の方法を考えていけるのかを議論したい。

■批評家の不足という問題
演劇の外にいる人に普及するという意味で、マスメディアは欠かせないが、昔より効果は薄れてきた。また、記事はいずれも告知としての前パブで、公演中に劇評が出ることがほとんどない。海外のメディアでは、初日が空いたら翌日には劇評が出ることが当たり前だが、残念ながら日本ではそういう形で批評文化が成立してこなかった。演劇に限らずあらゆる表現について言えるが、批評がないところにはいいシーンは育たない。創作したものに対し、あまりにもプロの批評家の言葉が少ない。その作品が演劇史の中でどういう意味があるのかといった位置付けがされないことは由々しき事態である。何とか変えていけないかと考え、フェスティバルが終わった後、毎回3、4ヶ月かけて全ての演目についての批評を載せた「F/Tドキュメント」を発行している。「その作品にどういう価値があったのか」ということを言語化して後世に残したい。さらに、次のステップとして、批評をF/Tの内側ではなく外側にシフトしていくため、「F/Tダイアローグ」という企画を行った。8人の批評家に参加してもらい、自主的に言論の場を作ってもらう。もちろん批判的なことを言っても構わない。「F/Tダイアローグ」参加プロジェクトとして、岩城京子さんが「ブログキャンプin F/T」を立ち上げた。これは、若手の批評家がかなり早いタイミングで劇評をブログにアップするという企画。若い書き手がプロの方々の添削を受け、新鮮な目線で語り、それが毎日のようにアップされる。批評家の育成という面もある。F/Tの外側にあるものが、F/Tの演目を巡って成長していく。


松本花音さん(F/Tメディア戦略)

■広報全体としての試み
集客と、新たな観客層の開拓の両立を図り、観客層に応じた企画やメディアの分類を行った。あくまでF/Tの事業内容や、演目の芸術的価値を前提にしているが、公共事業ということを考えたときに、すでに評価の定まっている作品で集客するのではなく、評価の定まっていない作品を見つけて新たな価値として提示する、という事業そのものの目的や背景を考慮することも重要である。

(1)F/T発行の広報物の再整理

<発行物一覧>
・ティザーチラシ・ポスター・パンフレット・当日パンフレット
・ウェブサイト・ジャーナル「TOKYO/SCENE」・F/Tドキュメント

メディアの目的を整理し、内容を区別して観客へのリーチの精度を上げる。パンフレットはWEBサイトとほぼ同義で、全てのお客さん向けに基本情報を掲載。一冊持っていれば全公演の情報がわかるので公演を選びやすく、チケット購入への導線という目的を持っている。ジャーナルは、テーマを設定し、演目紹介にとどまらない普遍的な問題を扱うもので、チケットを買ってもらう事を目的としないことを重視した。また、パンフレット、ジャーナル、当日パンフレット、F/Tドキュメントは、外部の編集者を入れることで、外部性を持たせている。

(2)演目上演に限らない関連プログラムの充実、多角化

<関連プログラム一覧>
・F/Tモブ【参加型】
※おやじカフェ(F/T09)、カフェ・ロッテンマイヤー(F/T10) 
・F/Tステーション【ミーティングポイント】
・F/Tブックス【書店PR企画】
・F/Tダイアローグ【批評、ジャーナリズム】
・F/Tシンポジウム【議論】
・F/Tテアトロテーク【映像】
・F/Tユニバーシティ【講義】

観客層のフェーズに応じた企画の多様化。「F/Tモブ」は参加型のプログラムで、F/Tのことは知らないけれどダンスが好き、など全く別の文脈でパフォーミングアーツに触れる可能性のある方をどうやって巻き込むかを考えた。「F/Tブックス」では、PRを目的に書店でブックフェアを開催してもらった。

(3)自作自演ではない批評性のあるメディア、場を創る働きかけ
「F/Tダイアローグ」&メディアパートナー制度の導入。メディアパートナー制度とは、いくつかのメディアと手を組み、ただ広報してもらうだけでなく、F/Tが何をしようとしているのかをメディア独自の視点で編集し、世の中に発信してもらうというもの。

(4)SNSによる観客一人ひとりへの細かいアプローチ
情報を出すタイミングの精査。人の評判を聞いてから動く層へのアプローチを。ツイッターやフェイスブックでは、能動的でない人でもつい目にしてしまう、という頻度で情報を発信している。トゥギャッターで観劇した人の感想を検索し、まとめて、初日の夜には発信してそれを毎日続ける。確実ではないが、恐らくこれで1公演50~100枚程度は売れているという実感がある。


武田知也さん(F/T制作統括)

■今期(2012年)F/Tの手ごたえ
前売り段階で完売した公演は少なく、あとは幕が開いてからでないと分からないという状況で、ツイッターを中心に口コミが伸びて最終日に人が溢れた公演もあった。前売りのお得なプランなども用意しているが、それよりも値段の高い当日券を買う人が多く、全体の3、4割が当日券という公演もあった。
海外の作品は日本人の観客にとって、なぜそのような題材、表現になっているのか、どうしても分かりにくいものが多く、過去のフェスティバルでもその辺りを課題に感じていたので、今回は松本が話したとおり様々なレイヤーでフェスティバルの内容を伝えようと努めた。その結果、お客さんの感想の質が変わってきた、という実感がある。観客が芸術を自分の生活や社会に結び付けて、思考していくことを少しずつはじめてきているのではないだろうか。集客では苦戦しているが、お客さんの満足度については今まで以上に手ごたえを感じている。


ジャーナル「TOKYO/SCENE」についての意見交換

モデレーター:
個人的な実感の話になりますが、ジャーナル「TOKYO/SCENE」の内容は確かに一見難しそうですが、読んでみると社会に横たわる問題をわかりやすく提示しているし、表現する言葉は面白く、読み物として難しいとは感じませんでした。むしろ難解なのは作品世界が対象にしている歴史や社会的背景の方だと思いました。アーティストが作品としてあらわそうとしている社会の問題が複雑で、解決策を見出すことがそもそも難しい。

武田:
個別チラシを作れば演劇が好きなお客さんは来ると思いますが、冷静に個別チラシを見てみると、演劇内の言語で作られているためそれ以外の人に伝わりにくいんです。演劇の外の人が引っかかる言葉を使い、関係性を作ることを目指しています。

参加者:
私は東京以外の地方から来たのですが、チラシは普段演劇を観る人向けで、ジャーナルは演劇の外の人向け、すごく簡単に言ってしまうと…そういうことだと思うのですが、中身を見てみるとチラシの方が簡単な言葉で分かりやすい言葉で書かれてあって、ジャーナルの方は、より作品の中身を解説するよりコアな内容になっている。そこで逆転が起こっているような印象。ジャーナルはどのあたりの層を対象にして中身を構成したのですか?

武田:
ジャーナルは写真、映画、美術、音楽、社会的課題に取り組んでいる人などが興味を持つきっかけになるものと捉えています。ジャーナルを読んだ人がF/Tに興味を持ち、人を誘って劇場に来て欲しいという広報的欲望は持ってはいますが、集客ではなく創客を目指して作っているので、それだけだと広報の代わりにはなりません。「観客創造」と「広報」の間に裂け目があり、そこはまだまだ課題ではありますが、内容に関しては逆転しているとはあまり思ってはいません。ただF/Tとしても当初イメージしたものよりジャーナルは演目に寄り添ったものとなったなという実感はあります。当初は、社会的なトピックだったり、もっと即効性のある媒体として機能して、それがF/Tと今の時間とが結びついているんだということを実現する媒体にするという案もあった。扱っている言葉としては、チラシの方が、演劇を普段見る人に向けての言葉になっているのは確かですね。

松本:
これは仮説なのだけれど、もしかしたら、普段演劇を観ない人の中には、私達が社会的イシュー、普遍的な問題意識を扱っているということに気づいていない人もいるのではないか、という問題意識が前提にあります。ただ単に「演劇を観に来てくれ」と言ってもそういう人には来ていただけないので、「そういった問題意識を扱っている芸術なんです」という伝え方をしないと伝わらないという前提から、こういったメディアを作成しました。なのでジャーナルを書店であったりギャラリーといったような、普段演劇を観ない人が出没しうる場所で重点的に配布し、劇場以外のどこで出会っていくことができるのかを考えた。逆に、普段演劇を観る人にはどういうアプローチがいいのかを考えた場合、「あのカンパニーの代表作を再演します!」といった、興味を持ってもらいやすい伝え方が別にあるので、情報を出し分けています。「F/Tで上演している作品=ジャーナルで扱っているような社会的イシューを扱っている作品」ということを知って頂くことが重要なんですが、そのためにはがどんな手段がベストなのかはまだ模索中なんです。

参加者:
F/Tが想定している「普段演劇を観ない層」というのは、「演劇は見ないが、写真や美術などその他のアートには何らかの興味がある層」という範囲で考えてられているということが今のお話でわかりました。逆に、映画も最近は見ないというような、もっと外側に居るようなサラリーマンや主婦などへのリーチは、まだ考えられていないというふうに感じました。ジャーナルは文字が小さく、40代、50代以上の人になると読みづらいと思います。手に取った年配の人は、自分は対象外なんだなという感じを与えてしまうのではないかなと思うのですが…このサイズの文字が読めるという点で、比較的若い層を想定しているのかなと最初に読んで感じました。どの辺の層へのリーチを考えていますか?

武田:
F/Tの客層は、20~30代が7割で、そのうち45%が男性、55%が女性というのが現状です。10~80代まで全ての層に受け入れやすいフェスティバルではないのは皆さんも感じておられるかもしれませんが、新しい価値を創るということを目指しているフェスティバルなので、どうしても20~30代の人たちがメインのターゲットにはなっていると思います。そういう世代が自分自身を活性化させていく、ひとつの燃料のようになっていくようなものになればと考えました。

松本:
今回、戦略としてF/Tモブなど活字媒体でない「企画」もメディアとして捉えました。ジャーナルは、もともと社会的な問題に興味関心がある人が対象であり、その問題の周縁にあるアートなら興味がわく、という人を意識したチャレンジでした。一方でアートや美術に漠然と関心がある層、例えばファッション的にアートを楽しむが2、30代のOL、といったような人たちに対しては、ジャーナルを手渡しても文字が多いと敬遠されるのは当然なので、ファッション雑誌等に情報を掲載し、ビジュアルを全面に出したり。また踊ることが好き、機会があれば踊ってみたいという人のためにF/Tモブがあったり、できる限り誰もがどこかのポイントでF/Tに参加するきっかけがあるような広報戦略を意識しました。足りないことは多々あるのだけれど・・。その中でジャーナルは、芸術的な問題としてF/Tが作品の中で扱っているもの、そこに共感する層を主たるターゲットに設定しています。

参加者:
「普段演劇を観ない層」を演劇に呼び込むことを考えるなら、逆に演劇業界の人も演劇以外のジャンルをもっと観に行ってあげて欲しいと思います。例えば、映画業界の人が演劇の作家・演出家や役者を引っ張ってきて客層を広げようとしていても、それを「良かったね」で済ませて実際観に行かない演劇業界の人が多いと感じているので。自分が演劇以外の層を引っ張って来たいなら、同じように他ジャンルに引っ張られることも意識して欲しいですね。 

モデレーター:
今まで、「観客創造」というものを考えたときに、その創造すべき観客をどこに想定するかという話しで進めてきましたが、これまで「観客創造」というと、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、例えば私の母のような主婦だったり、ごく身近な人だったりしたのではないでしょうか?けれども、世の中が今、いろいろな面で混乱していたり、あるいは多くの問題が発生したりする中で、問題に対して強い関心がある人がいますし、一方で、今、お話が出た映画分野もありますし、最近は音楽分野や美術分野などと舞台芸術との境界が判然としない作品も出てきてもいます。音楽や美術に興味がある人達が舞台芸術と接続し、文化的な横断を行う可能性も、かえって今、生まれてきているのではないでしょうか?「普段演劇を観ない層」というのはあまりにも広い定義であるため、それぞれがイメージする層が違うと話に食い違いが生まれるかもしれませんが、いろいろな層とその関心を同時に思い浮かべる必要があるのかもしれません。


第二部
「観客創造」の課題と「広報」の課題をめぐって
(ディスカッション)

モデレーター:
ここからは、「創客」と「集客」とを分けて、様々な角度からディスカッションをしていきたいと思います。その前に、今日の会は、F/Tの話でもそうでしたが、主語が“アート”という言葉で語られることが多いと思います。けれども、作品が観る人にとってどういう接続点を持つのかということに関して言うと、“エンターテイメント”の作品であっても…アートとエンターテイメントで分けることも意味があるのかを疑っている立場ですが…これから話しを進めていこうと思っている視点はアートに限った話ではなくエンターテイメントの作品でも、観賞することは、観客にとってどういう時間として興味に接続できるのか、という言葉は、有効な広報の言葉になる可能性を持っていると思っています。

では、普段演劇を観ない人達と接続するためには、どのような方法があるのでしょうか。
本日お越しいただいた大澤寅雄さんは、著作の中で、文化の多様性が生物多様性と同じ根幹を有する問題だということを書いておられます。「なぜ文化が多様でなければならないのか」という点からアプローチする方法があるのではないかと思って、お話を伺ってみたいとかねてより思っていました。


大澤寅雄さん(ニッセイ基礎研究所)

■文化の多様性と生物多様性
僕は生物の多様性と文化の多様性は同じ問題だと思っているんです。ただ、いきなりその話は唐突なので、ここまでの話を聞いていて今日は多くの発見があったんですが、そこから少し振り返ります。
F/Tの方々の話を聞き、「創客」と「集客」の裂け目が鮮明に見えてきた。ジャーナル「TOKYO/SCENE」は明らかに「創客」を狙っているんだなと思った。観客を「創ること」と「集めること」ではスタートラインも戦術も違っていていいのではないかと思う。「集客」でいくと、こういう作品を誰に観て欲しいか、どういう手段で情報を伝えようか、というマーケティングになる。それは、お客さんを“どう引っ張ってくるか”という行為だと思う。一方、「創客」ということになると、“情報を届けたい相手が、能動的にアクションを起こすような仕掛け”が必要になる。ジャーナルだと“社会問題を共有すること”を読んだ人に重要なアクションとして求めている。そして、それは“F/Tが創りたいお客さん”なのだという気がしました。F/Tのすべての試みが成功しているかどうかはわからないし、すべてが正しいかどうかはわからないが、試みとしてとても意欲的なことにチャレンジしているなと感じた。「この作品はこういったお客さんが好きだろう」「こういったお客さんに観て欲しい」ということで集客を繰り返していくと、お客さんの高年齢化とともに劇団や団体も萎んでいってしまうことが容易に想像できる。積極的に「こういうお客さんを創りたい」という意図を持った戦略を練ることで、観客にも多様性を持たせることができる。劇団のファン、劇場のファンといったように多様性を持たせることや、開拓ということで全く今まで関心のない層にアプローチしてお客さんを創ることは、生物多様性や文化の多様性を持続可能にしていく戦略かなという気がする。

■若葉町の事例について
横浜の中区に、黄金町という町がある。そこはかつて夜になると外国人の女性たちが通りに立ち、不法に経営する飲食店が軒を連ねた売春街だったが、横浜市がその一斉摘発を行ったあと、2005年頃から「アートや文化の創造力で都市を魅力的に活性化させる」という創造都市政策を展開した。そして空家になった旧飲食店に、アーティストたちのアトリエ等を整備した。その後、売春営業をしていた人たちが黄金町から離れ、今ではおしゃれなアートショップが並び、アートファンが訪れるようになっている。
一方、この黄金町に川を挟んで隣接している、若葉町では、飲食店を経営するアジアの人々が多く住み続けていて、疲弊した街のままとなっているが、その若葉町で「311 東北~若葉町~アジア」(主催:ART LAB OVA)というアートプロジェクトが行われた。これは、中国、韓国、タイからそれぞれアーティストを1人ずつ招いて東北へ赴き、東北で被災したそれぞれの自国の出身者と交流し、その成果を若葉町にある各々の国の店舗で展示するというもの。アートプロジェクトと言っても、焼肉屋や中華料理屋の壁に作品を無造作に張り付けているといった状況で、美術館の展示のような洗練されたものではないし、外部からも見えにくい。しかしそこは、アーティストと、飲食店のごく普通のおばちゃんと、店に来るお客さんが同じ言葉で体験を語り合う場を生み出していた。

モデレーター:

今の大澤さんのお話は、今回のテーマに直に関わる話ではないのかもしれませんが、実は重要な要素があると思っています。それは、普段、アートに関わらないで暮らしている人にとって、どういうものが本当に必要なのか、あるいはどういう接続の仕方をすれば関係性を結べるのか、表に現れてこないものに対して視線を向けることが必要だと感じています。僕自身が体験してみたいと思っているお話として若葉町のお話をして頂きました。

注:(参考リンク)
後日、大澤さんより下記の記事をご紹介頂きました。
『可児市文化創造センター 「館長の部屋」 第五章「創客」は誤解されている』
http://www.kpac.or.jp/kantyou/ronbun_56_0.html


小林タクシーさん(WEBデザイナー/ZOKKY)

■演劇におけるカテゴライズの必要性
演劇には、カテゴリー分けが無さすぎる。他のカルチャーは、例えば音楽ならポップス、ジャズ、テクノ…、映画ならバイオレンス、SF、ラブストーリー…というように分かれており、自分にとって必要でないものがすぐ分かるので、絞れる。しかし演劇は繊細で、カテゴリーについては触れてはいけないようなイメージがある。例えばポータルサイトにカテゴリーのタグを付けて、分かりやすく出来たら良い。「演劇をどうするか」と一括りにして話をすると、無理が出てきて肩が重い。
また、ツイッターやフェイスブックが普及し、情報が伝えやすくなったにも関わらず、お客さんが減っているという状況がある。それは、「イイネ病」だと思う。世の中にイイネばかりが蔓延しているが、相対化が出来ず、自分のイイネと他人のイイネが違うという感覚。

モデレーター:
商業、小劇場、新劇、海外…といった分けはありますが、それが本当に正しく状況を表しているかは疑問です。小劇場の括りの中に限っても幾層ものレイヤーがありますし。集客するためのツールとしてカテゴライズは必要ですが、導線を誰かが創るとすると、そこに見方を固定してしまう恐れがあります。それを良しとしてしまってよいのでしょうか。

参加者:
カテゴライズをする利点もあるが、「創客」に関してはそれが邪魔になると思う。最近自分は民族芸能にはまっているが、なぜ今まで知らなかったのだろうと考えたときに、“古典”という部分にカテゴライズされていたからだと思う。舞台芸術を観る楽しみの中には、自分で道を開拓していく楽しさもある。例えば社会問題に関心を持ったとき、作品や役者、演出等のどこに共感するのか。カテゴライズされたパッケージに興味が無ければ、そこでプロセスが途切れてしまう。

参加者:
児童青少年演劇の活動をしているが、現在会員数が激減している。地域のお母さん達は、子どもたちにお芝居を見せたい、という感覚は持っているが、「今、何を見せたいか」ということに対し「世の中が大変なので、楽しくて笑えるものを見せたい」というようなことしか出てこない状況。そして、「これはどういう演劇ですか?」とカテゴライズを求められる。カテゴライズしなければお客さんは創れないが、それをするとお客さんが限られる、というジレンマを感じている。理想は、とにかく演劇を湯水のように子供たちに与えて、自分自身でカテゴライズしてもらうこと。見せる側がカテゴライズしないで済む世の中にしたい。

参加者:
演劇がニッチだと言っても、東京はそもそもの人口が多い。これが地方だともっと事情は厳しくなる。F/Tは20~30代を中心に創客を考えられているが、地方はターゲットを限定してしまうと全く人が集まらなくなってしまう。しかし、同じ演劇でも、例えば社会について考えさせられるような先鋭的なものと、心を落ち着けるために観る予定調和な演劇では、観客が求めているものが全く違う。こういったところではっきりカテゴリーが分かれると思う。門戸を狭めてしまうことにはなるが、求めていないものを無理やり見せても仕方がない。

モデレーター:
今度は、「集客」についての話に舵を切りたいと思います。プッシュ型広報ツールとしては劇場で配られるチラシ束が大きな割合を占めていますし、メディア全般でみても非常に有効なツールだと思いますが、紙という資源を消費しているということで、みんなが宣伝をしようとするととても分厚い束になり、結果劇場に置いていかれてゴミになる、という状況もあります。情報を伝える手段として、WEB宣伝の面で現代の技術ではどのようなことが可能なのでしょうか?


富田陽介さん(ソフトウェア開発者/emoted代表)

■WEB広報の可能性
・WEBのソーシャル広告はまだあまりトライされていない領域なので、試してみるのも手ではある。しかし、具体的に新しいツールを開発するよりは、各団体が行った広報のひとつひとつを検証し、そのアクションに、いくらコストがかかって効果はどうだったかという結果を共有していく方が重要だと思う。もちろん、多様な取り組みが複合的に大きなムーブメントになる、ということはあるが。

・スマートフォンの普及でアプリが注目されているが、数がかなり増えているので、作ることよりも「いかに知ってもらうか」ということが重要になってくる。また、ダウンロードしてもらったとしてもその後、アプリを起動されなければ意味がないので、いかに定期的に起動してもらうかの工夫も必要。有料アプリはなかなか売れないので、無料で成立する仕組みを考える必要がある。利点としては情報量として、際限なく載せられる点がある。

・クラウドファンディングを利用するという方法もある。ファンを巻き込みつつ成立させていく。
※注:クラウドファンディング…一般に製品開発やイベントの開催には多額の資金が必要となるが、クラウドファンディングでは、インターネットを通じて不特定多数の人々に比較的少額の資金提供を呼びかけ、一定額が集まった時点でプロジェクトを実行することで、資金調達のリスクを低減することが可能になる。ソーシャルメディアの発展によって個人でのプロジェクトの立ち上げや告知が容易になり、それに呼応する形でクラウドファンディングによる資金調達が活発になりつつある。

小林:
お客さんがどういう入口から入ってくるかは分かりませんが、入ってくること自体を妨げるようなものにはしたくないですね。例えばF/Tジャーナルは、中身は興味深く面白かったし、WEB上に公開したことも良かったのですが、PDFで掲載されていたため検索サイトにあがってこず、また、拡大縮小が上手く出来ないため目が疲れてしまいました。こういったことの改善も必要かなと感じました。

モデレーター:
情報の中身も大事だけれど、情報の載せ方も大事だということですね。検索サイトにあがってくることや、視認性を高めるということも重視すべきだというのは
当たり前のことですが、つい行っているつもりになってしまうことでもありますね。

またツールということを考える際に、単純にどのツールが情報の拡散力として有効か?・・とかではなくて、キーワードになるのは「関係性」ということだと思います。どの観客とどのツールで関係性をつくるのか、その視点を意識して、これからも「集客」と「創客」について考えていきたいと思います。本日はみなさんどうもありがとうございました。


ミーティングの冒頭で相馬千秋さんが語られた「演劇を好きな人の中で演劇を語っていくことには、限界が来ていると感じている。そこを目標にして進んでいくと、間口が狭くなり内輪化していき、演劇自体が萎んでしまう。それは広報だけの問題ではなく、演劇の中身自体の問題でもある」という言葉が、このディスカッションのテーマを集約した言葉だったと思います。
舞台芸術に携わるすべての人にとって「集客」だけではなく「創客」への意識、広報の言葉、事例の集め方、そこに向けてそれぞれがアイデアを持って試みを行っていくことがあらためて重要だと思いました。
このミーティングの数日後、大澤寅雄さんから、狩猟型「集客」と農耕型「創客」のお話を伺いました。当日の参加者にはメールでシェアしましたが、この場でご紹介したいと思います。

ミーティング後に大澤寅雄さんから伺ったお話し

■狩猟型「集客」と農耕型「創客」
従来の集客は、いつ・どこに・どうやって餌を撒いて網を張るか、どうやって獲物を追い込んで捕獲するか、という狩猟の発想の戦略だと思うんです。
一方の創客は、どこを耕し、いつ・どんな種を蒔き、肥料を与えて、いつ収穫するか、という農耕の発想の戦略です。
狩猟は、自覚していないと限られた数の獲物を奪い合うことになります。
農耕は、持続して循環する構造がないと、最初から実践する意味がありません。農耕が狩猟と違うのは、収穫した実から次の種を保存し、来るべきタイミングでまた種を蒔く、という持続可能な循環を構築することだと思います。

■牧畜型の集客
狩猟と農耕の間には「牧畜」という戦略があるかもしれません。囲い込んで、飼育して、子どもを生ませる。
これはこれで持続可能なモデルケースかもしれませんが、牧畜経営はある程度大きな資本が必要です。この牧畜型で成功しているのは、歌舞伎、宝塚、四季くらいでしょうかね。多くの演劇公演の場合は、狩猟型の集客でしょうし、農耕型の創客は、衛さんの可児市文化創造センターや、F/Tで取り組まれているようなことがあるでしょう。
見え方は違いますけれども。

■都市と地方の「創客」の違い
可児市文化創造センターとF/Tで見え方が違う「創客」ですが、そのアプローチの違いは、可児では、衛さん自身が書かれているように「身内意識」の形成で、F/Tでは先日のミーティングによると「批評関係」の形成かもしれないと思いました。
ミーティングの中でも、「F/Tが東京でできたとしても、地方では難しい」という意見が出ましたが、逆に、東京では「身内意識」をアプローチとする創客は難しく、それは地方だからこそ可能だということもあるかもしれません。

■「前売り券が売れない」とは言うものの。。。
ミーティングの中で、SNSが普及した影響なのか「前売り券が売れない」という話がありました。
たしかにそうだなぁ、と思うんですが、どうすれば前売り券が売れるようになるか、という研究が必要ですが、どうすれば安定的に当日券を売ることができるか、という研究も必要な気がしました。
私は、ライブハウスや寄席って、前売り券を買ったことがないなぁ。それでも、映画館、ライブハウス、寄席も、それなりに持続可能な仕組みで経営されている。それは、その場所と顧客との持続的な関係があるからだろうなぁと。

■SNSユーザーの「影響力」と「感応度」
facebookやtwitterが興行に大きな影響を与えていることは誰もが実感していて、それをツールとした効果的な使い方を考るときに、私が考えているのは、その情報を「誰が」発信して「誰に」受信させるか、ということがポイントなんじゃないかと。
経済効果の把握に使う「産業連関表」に「影響力係数」と「感応度係数 」というのがあります。
ある産業分野が産業全体に与える影響力の強さを「影響力係数」、逆に、ある産業分野が産業全体から影響を受ける度合いの強さを「感応度係数 」と言います。
この 「影響力係数」と「感応度係数 」が、SNSで情報を受発信する個々人にもありそうな気がします。
例えば、思いつきですが、facebookで「いいね」を獲得する件数の多い人は影響力係数が高く、逆に「いいね」をクリックする数の多い人は感応度係数が高い、とします。
そこで、影響力係数の高いユーザーと感応度係数の高いユーザーの関係を作り、しかるべきタイミングで影響力係数の強いユーザーから感応度係数の強いユーザーに伝達させて、感応度係数の強いユーザーが影響力係数を獲得するインセンティブを与えることができれば、集客する主体から一方通行の情報を流すよりも、効果的ではないかと思ったわけです。

とりあえず、そんなことを考えました。


ミーティングの中で大澤さんは、「積極的に『こういうお客さんを創りたい』という意図を持った戦略を練ることで、観客にも多様性を持たせることができる。劇団のファン、劇場のファンといったように多様性を持たせることや、開拓ということで全く今まで関心のない層にアプローチしてお客さんを創ることは、生物多様性や文化の多様性を持続可能にしていく戦略かなという気がする。

とも、おっしゃっていました。
「こういうお客さんを創りたい」という部分は、それぞれの人がそれぞれに設定し、それぞれで試みていっていい部分だと思います。
ひとつの公演の「集客」だけではない、種を蒔き、土壌自体を豊かにする「創客」は、観客の目を養い、多様な作品があることを知らせ、観劇が日常になることに
繋がると思います。これからも「創客」に繋がるかもしれない試みに注目して、シェアする場、議論する場としてミーティングの開催に繋げていきたいと思います。

(取材・文:川口)


ピックアップ記事

ニュース用未選択
えんぶ、電子雑誌『演劇ターン』創刊

Next News for Smartphone

ネビュラエンタープライズのメールマガジン
登録はこちらから!

制作ニュース

ニュースをさがす
トップページ
特集を読む
特集ページ
アフタートーク 
レポートTALK 
制作者のスパイス
連載コラム
地域のシテン
公募を探す
公募情報
情報を掲載したい・問合せ
制作ニュースへの問合せ


チラシ宅配サービス「おちらしさん」お申し込み受付中