Next舞台制作塾

卒業後も舞台制作に関わり続ける20年間を考える・話す 学生座談会+αレポート

学生座談会(2015年の様子)

こんにちは。Next舞台制作塾事務局の斉木です。1月30日、私たちは「学生座談会+α 卒業後も舞台制作に関わるために」と題したオープンサロンを開催しました。「学生座談会」は、昨年(2014年)4月に開催したオープンサロンで、これはその第二弾として行ったものです。前回は、特にテーマは掲げずに、舞台芸術に関わっている学生のみなさんと様々な意見を共有しましたが、その時の話を踏まえて、今回は「卒業後も舞台制作に関わること」というテーマを立てました。また、座談だけではなく、プラスアルファとして、キャリアに関する三つのワークを企画しました。

 

集まったのは、大学1年生~4年生を中心とした20名です。中には、大学院生の方や、既卒で舞台制作に関わり始めたばかりという人も参加していました。参加者の舞台制作への関わり方は様々で、これから舞台制作の仕事を知りたいという人、劇場に就職したいという人、劇団を続けていきたいという人、すでに舞台業界への就職が決まっている人、フリーランスの制作者として独立したばかりという人もいました。当日は、この20人の参加者と、舞台制作としてのキャリアや、人生設計について考えました。

 

 

舞台制作者の働き方、働く環境を考え直すターニングポイント

ここで簡単に、このサロンを企画するにあたって考えたことを書いてみたいと思います。

少子高齢社会である日本では、今後ますます多様な働き方を受け入れていかないと、今までのように社会が立ち行かなくなっていくことが分かっています。誰もが家事・育児・介護を抱えながら働く社会がすぐそこまで迫ってきており、働き方に関する様々な議論が起こっているのは、みなさんご存知の通りです。

 

その一方で、東京オリンピック開催を目の前にして、いま日本中で舞台芸術に期待される役割が日々大きくなってきています。にもかかわらず、舞台制作者の労働環境整備は未だ途上にあり、30歳を過ぎたあたりを境に、多くの舞台制作者が離職をしています。理由はいくつかありますが、そのうちの一つは、舞台制作者としてのキャリアパス(キャリアアップの道筋や基準・条件)が示されていないため、現場の仕事に追われているうちに、この先どうしていったらいいか迷い、モチベーションが下がってしまうことです。また、歳を重ねるごとに、自身の身体や身の回りを取り巻く環境が変化していき、舞台制作の現場で仕事をしていくことが難しくなっていくことも考えられるでしょう。舞台制作に関わる私たちも、今まさに、働き方や働く環境を考え直すターニングポイントに来ています。

 

このサロンは、これから舞台制作者として働こうとしている人や、舞台制作に関連する職業に就こうと考えている人、生活の糧にするかどうかはさておき舞台制作に関わって生きていこうという人に、自分の20年先の姿を思い描いたうえでその第一歩を踏み出して欲しいと考えて企画しました。「制作の仕事に就くには?」とか「舞台に関わる職場に就職するには?」といった一時的なことを考えるのではなく、「何に価値を感じているから舞台制作をするのか」、「舞台制作を人生の歩みの中でどう続けていくか」、「生活の一部と捉えてどうバランスを取るか」ということを、これから舞台に関わろうとしているみなさんと舞台制作者の働き方を一緒に模索していきたいと思ったのです。

 

 

自分は何に喜びを感じるか?収入が安定すれば続けられるのか?

ワークショップの内容
自己分析 自分の価値観を知る
人生設計① これから20年間でやりたい仕事・学びたいことを計画する
人生設計② これから20年間の自分や家族の予定を立てる
座談① 人生設計①②で考えた内容を他の人と共有する
人生設計③ 他の人のプランも参考に、人生設計①②で考えた内容で、矛盾が生じる点を調整する。また、そのプランを実行するうえで困難な点は何かを考える。
座談② 人生設計③で考えたことのうち、最も困難なことは何か?他の人と共有し、意見交換する。
人生設計④ 人生設計を実現するために、明日から行うことをひとつ決める。

これは、今回行なったワークショップの内容です。自己分析、人生設計、座談の三種類が組み合わさっています。

 

プログラムにあたって、特に大事にしたいことが一つありました。それは、「自分の性格や価値観を尊重し、それらを活かして舞台制作に関わることを考えたい」ということです。

 

私も大学生の時に就職活動をしましたが、就活をするうえでは、正社員や正職員、プロパーと呼ばれる立場、あるいはそれに準じるような立場を目指すことが当たり前のようになっています。なぜなら、そういう立場の人は収入が安定しており、様々なサービスを受けやすく、老後の蓄えにもつながる場合が多いからです。

 

いうまでもなく、経済的な豊かさは生活の質に深く関わっています。しかし、芸術は経済効率と相反する性質があるため、そもそも芸術活動を成り立たせること自体に経済的な困難があります。困難を乗り越えて舞台制作に正社員的に関わっていこうとするなら、時には意に反する仕事をすることにもなるかもしれません。また、何らかの組織に属するということは、組織の目的を達成することに貢献しなければなりませんので、必ずしも自分の望むとおりに働いていけるとは限りません。

 

そこで考えたいのが、「自分の性格や価値観」です。「性格や価値観」とは、言い換えれば「何に喜びを感じるのか?」「何を心地いいと感じるか?」ということです。

舞台制作に魅力を感じるということは、他の仕事をしてお金を稼いでいくことよりも、舞台芸術を支えることに意義を感じているということなのでしょう。その部分は概ねどんな人にも共通しているかと思いますが、「自分のペースで仕事をしたい」、「ルーティンワークを正確にこなすことが気持ちいい」、「誰かの役に立てると嬉しい」、「未踏の領域に踏み込むとワクワクする」、「社会に認められたい」、「チームを牽引したい」などなど、喜びや心地よさはじつに人それぞれではないでしょうか。せっかく「舞台制作に関わりたい」という意思があるのに、こうした価値観を無視してしまうと、継続することに意味を感じられなくなってしまうかもしれません。ワークショップの初めに自己分析を行ったのは、「こういった価値観を活かす環境や働き方はどんなものだろうか?」とそれぞれに考えてほしかったからです。

 

 

仕事人生×プライベートの人生 困難な点は何か?どうすれば解決できるか?
学生座談会(2015年)の様子

人生設計は、自分の仕事人生と、家庭やプライベートの人生の20年間を考えて、計画表を作るワークです。

「どんな形で舞台に関わりたいのか?」、「そこで何をしたいのか?」ということは、舞台制作を将来の進路に考えている人にとっては、ある程度言葉にしやすい内容でしょう。けれど、「何歳の時に何をするか?」とか、「そのために何を学び、何を経験するか?それにはどのくらいの時間がかかるか?」ということとなると、イメージしにくいという人もいたようです。まだ将来のことを考え始めたばかりの人で、漠然と「舞台芸術に関わるってどういうことだろう?」と思っていた人にとっては、この時点で少し難しいワークだったかもしれません。

 

その上に、配偶者との生活や、出産のタイミング、子どもの進学、両親の定年、自身の老いといった家庭や生活の要素を加えていくとなると、難易度は一気に上がります。時間のある人には、さらに「何にいくらかかるか?」ということも考えてもらいました。例えば、自分の留学費用、家や車の値段、子どもの進学の費用、旅行などの余暇や趣味にかける費用……e.t.c.です。ほとんどが未知のことであるため、みんな手さぐり状態で計画表を埋めているようでした。

 

数字を出して具体化してしまうことで、「これだけのお金をどうやって稼ぐのか?」と悩んでしまったり、やりたいと思っていたことを諦めたくなったりすることもあるかもしれません。しかし、今回は「舞台制作と関わるために」様々なことを考える会です。後半は、4~6人のグループに分かれて、自分の立てた計画を共有し合ったり、計画の実現に向けて意見を交換したりしながらワークを進めました。

 

仲間内のおしゃべりの中で将来の不安のことが出てきたり、就活中の愚痴を言ったりすることもあるかもしれませんが、人生設計について、きちんと人に話すことも聞くことも、みなさんほとんど初めてだったようです。初めて知り合った者同士、しかも同年代で同じような状況にある者同士でこうした話をすることはなかなか刺激的だったようで、特に生活に関する人生設計の話題では非常に盛り上がっていた様子でした。「他の人がどんなことを考えているのか?」を聞きながら、「自分の望む未来像にとって最も困難なことは何なのか?どうしたら解決するか?」をそれぞれ考えていくワークでしたが、参加者のみなさんは、これから取り組むべき課題を見つけることができたでしょうか?

 

 

三時間にも及ぶ会でしたが、終了後、参加者からは、

 

「就活生ならでは、制作を志す人ならではの不安や考えを話し合えて有意義な時間になりました」

「普段制作の仕事をしていて同年代に会わないので、同じ志を持つ人と会うことができて良かった」

「自分と似たような思いや不安、モヤモヤを持った人と話せたので良かったです」

 

というように、同年代の制作志望者と話ができたことが良かったという声が多数寄せられました。ワークショップについては、

 

「何が社会で生きるために必要なのか、自分が理想に行くためには同計画を立てれば等、今まで以上に考えることができました」

「一般企業と比べて安定さのない業界で働きながら生活していくことの難しさを実感しました」

「自分を見つめ直す一つのきっかけになったと思います」

「自分が思いもよらなかった自分の考えが見えたのが良かった」

 

というように、仕事と生活のことや、自身について改めて考え直すきっかけになったという声も上がりました。

 

「時間に対して手順が多く、座談をする時間がもっと欲しかった」という声や、「他のグループとの交流の時間がほしかった」という声もあり、このことは今後に生かしていきたいと考えています。

 

 

ここまで、人生設計を作るワークについて書いてきましたが、もう一つ忘れてはならないと思うことがあります。それは、「この日に作った人生の計画は、この日の価値観に基づく計画である」ということです。歳月を経て考え方やものの見方が変われば、当然、計画の内容も変わってきます。思いもよらない重大な出来事が突然に起こることもありますし、二度ないようなチャンスがいきなり舞い込んでくることもあるでしょう。計画を立てたからといって無理をせず、時々思い出したり、迷った時に考え直したりしてみることで、その時その時を大事に生きられるのではないかと思います。

 

また、現在活発化しつつある舞台制作者の労働をめぐる議論の中には、個人での解決が難しい論点もあります。自身の働き方や、舞台制作への関わり方を考えることを通じて、これから舞台制作に関わってくみなさんともこういった問題を広く共有し、労働環境の改善に向けて協力し合えるようになれたらいいなと思っています。そして、それぞれが自分の働き方を自分で考え、それぞれが自らの手で仕事を作っていけるようになれたらいいな、とも思います。

 

2015年06月10日 講義・セミナーレポート