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大澤寅雄 文化生態観察日記 | vol.5「演劇すごろく」と生態系

14.09/01

文化生態観察。(株)ニッセイ基礎研究所芸術文化プロジェクト室准主任研究員、NPO法人アートNPOリンク事務局、NPO法人STスポット横浜監事。
大澤寅雄の連載コラム!

8月21日の朝日新聞デジタル版に「東京離れる若手演劇人たち」と題した記事が掲載されていました。私の友人や知人からFacebookでシェアしながら、その記事について思ったことを自分のタイムラインに書きました。以下、自分の書いた投稿をここにも再掲させていただきます。


<東京で成功を収めながら、なぜか東京を離れて活動する若手演劇人が後を絶たない。世界でも指折りの演劇都市に距離を置く才能たちは、東京の演劇界をどう見ているのか。>
地方と東京を対立させる軸で語ることは、簡単なことではないと思う。一言で「地方」と言っても多様ではあるし、その対立軸で語ることが事象の本質なのかどうか、ということも、単純ではないし。
それでも、私自身が東京を離れて地方で生活しながら、生態系として文化や芸術を眺めていると、この記事で紹介されている演劇人の以下のコメントには、結構、共感する。<東京で行われている競争に参加しないと演劇活動が認められない、と思い込んでいた><東京は大きいけど、すごいローカル。この中だけの価値観でものを作ってると、生き延びることができない>。
一方、このコメントに関しては、う〜ん、どうかなぁと思ったりもした。<演劇が東京中心だと、いつまでたっても芸術が愛好家だけのものになる>。。。う〜ん。「芸術が愛好家だけのもの」であることと「東京中心」との間に因果関係はあるかな?地方でも芸術が愛好家だけのものになっている状況はあるしなぁ。。。
さて。「いま、演劇人が東京を離れている」状況を考えることは、「なぜ、こんなに演劇人が東京に集中してきたか」を考えることでもある。私なりに考えたことを整理すると、この記事でもサラっと触れられている「演劇すごろく」の定着。そのすごろくの「上がり」の先には、CM、テレビ、映画といった広告・メディア産業が東京に集中していること。すごろくの「振り出し」の環境として、演劇生活を維持するための非正規雇用の労働市場が豊かな場所が、東京であること。
それが、演劇人が東京に集中した端的な要因だと思うし、演劇と東京の「共依存関係」でもあると思う。この記事で紹介されている演劇人たちは、もはや「演劇すごろく」にも、広告・メディア産業にも、演劇以外の非正規雇用労働にも、依存せずにいられる環境に身を置くことができている。私は、そうした演劇人が増えてほしいと思うし、そういう環境を整えるために自分ができることを模索したい思っている。

さて、これを書いたあと、果たして「演劇すごろく」という概念は、本当に演劇界に定着しているのか?と不安になり、インターネットで「演劇すごろく」「小劇場すごろく」「劇場すごろく」といったキーワード検索をしました。そこで分かったことは、「劇団すごろく」「劇団双六」という名の劇団が実在しているということ(検索の目的からはズレていたものの、機会があれば拝見したいと思いました)と、現在では演劇界には「すごろく」という考え方は「かつて存在した」「伝説」として語られている、ということでした。おそらく、小劇場ブームと言われた1980年代から形成されてきた「演劇すごろく」という演劇人の生態系は、三十余年の間に大きく変化したことは間違いないでしょう。

ところで話が変わりますが、魚には、海には海水魚、川や湖には淡水魚がいます。そして、ご存知の通り、成長段階に応じて川と海を回遊する(これを「通し回遊」と言うそうです)魚がいます。川で生まれてから海に下って、産卵時に再び川に戻るサケ。普段から川で生活し、産卵も生まれも川だけど、一旦海に下って再び川をさかのぼるアユ。普段は海で生活し、河口や河川にも遡上するスズキ。こうした回遊をする魚は、その個体としての生命が生まれて死ぬまでに場所を移動します。もちろん移動の途中には様々な障害があります。他の動物に食べられることもあります。なのに、何のために移動させるのでしょうか?おそらく、個体として命を全うするだけではなく、種としての生命をつなぐために、どうしても移動することが必要だったのではないか、という気がします。

いま考えると「演劇すごろく」は、劇作家、演出家、俳優など、個別の演劇人の成長のための移動のコースだったと思います。その移動の途中には様々な「弱肉強食」的な競争に曝されますから、それが演劇人の逞しさを培ってきたように思います。私自身は「もはや無効だ」とは思っていませんが、すごろくの「振り出し」と「上がり」の間が循環しているようには見えません。つまりそれは、「劇団」という集団の成長を、あるいは「演劇」という文化の成熟を、循環させる持続可能な仕掛けではなかったと思います。

それでは、これからの演劇人は、どのような生態系を形成していくべきなのでしょうか。私には、まだ答えらしいものは持ち合わせていませんが、みなさんと一緒に考え続けたいと思っています。



■大澤寅雄(おおさわ・とらお)■
文化生態観察。(株)ニッセイ基礎研究所芸術文化プロジェクト室准主任研究員、NPO法人アートNPOリンク事務局、NPO法人STスポット横浜監事。2003年文化庁新進芸術家海外留学制度により、アメリカ・シアトル近郊で劇場運営の研修を行う。帰国後、NPO法人STスポット横浜の理事および事務局長を経て現職。共著=『これからのアートマネジメント”ソーシャル・シェア”への道』『文化からの復興 市民と震災といわきアリオスと』。


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