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最終回「解散」 ゲスト:小池博史(パパ・タラフマラ主宰/在籍期間:1982年~2012年) 聞き手:山内祥子(パパ・タラフマラ制作/在籍期間:2008年~2012年)

12.05/05

「パパ・タラフマラ」30年の軌跡を制作者視点で紐解くインタビュー・シリーズ「パパ・タラフマラの作り方」最終回。歴代の制作者による証言を紡いできたシリーズのラストを締め括るのは、パパ・タラフマラ主宰・小池博史。すべての起源であり、すべての中心であったアーティストが、カンパニーの解散を見届けることになった若い制作者に向けて語った言葉とは?

これだけやってきても、「好きなことやれていいね」って言われる人でしかない(小池)

山内:東日本大震災以後、いろいろな思いがあって「パパ・タラフマラ解散」という発表を昨年の6月にさせていただいたわけですけど、いよいよ最終公演間近(取材日:2012年3月6日)となった今の心境はどんなものですか?

小池:ん~難しい質問だな。今何を感じているかっていうと、それなりにフェスとしての効果はあったかなと思いつつも、今の状況は本当にダメだと思っているんで、とても一朝一夕には変えられないなという思いが強い。だから希望は持っていないんだけど、ただ、やれることを精一杯やっていかないとダメになる一方だろうから、今は自分が出来ることをやっていくしかないと思っているね。

山内:これまでいろんな形で小池さんの声を発信してきて、一部では「助成金解散」なんて言われているみたいですが?

小池:うーん、四分の一ぐらいは当たっているけど、問題なのは助成金が貰えたかどうかではなくて、「助成金」という言葉が象徴しているものなんだよね。つまり、「助成金」とはいったい何かっていうこと。そもそも僕は「助成金」という言葉が嫌いなんだけど、それは本来、文化って、「助けて」「成らせる」ものじゃないと考えているからなんです。「次の文化を作り出していくことの意味を正確に捉えること」が重要で、それを「助けて」「成らせる」なんて言っている限りは、あんまり変わらないよ、日本はね。で、今の助成金制度には意思のあり方がそのまま反映されているんですね。日本全体のグランドデザインが全く見えないでしょ?それが大きな問題だと言っているわけであって、金が貰えたかどうかということ自体は大きな事じゃない。

山内:パパ・タラフマラを始めたとき、30年も続くと思っていらっしゃいましたか?

小池:いや、誰でもそうだろうけど、始めるときに何年続くかなんて考えてないよ。ただ、「短命だろう」とも思っていなかったかな。どういうことかと言えば、タラフマラはそもそも『百年の孤独』という作品をいつかやりたいと考えて始めたカンパニーだから、それが5年や10年でできるとは思えなかったんだよね。完成させるまでには相当時間がかかるだろうと思ってた。

山内:それを成すためにカンパニーという組織が必要だったということですね。

小池:P.A.I.という学校をやってきたのもそのためですが、既存の俳優やダンサーという枠組みだけだと難しいだろうなとは考えた。宇宙的というか、包括的な身体を持っている人じゃないと難しいと考えていたので、そのためにはやっぱり自分自身の言語…身体言語、空間言語、時間言語と言い換えてもいいんだけど、それらを混ぜ合わせて「舞台芸術言語」を作らねばならないと思ったし、獲得するにはどうしても時間がかかると思った。そのためにまずはカンパニーが必須だった。それがないと、水紋のように広がっていかないと思った。いろんな人をかき集めて石を投げるのは難しいので、水紋を広げていくためにはどうしてもカンパニーという器が必要でしたね。

山内:とはいえ、30年間もカンパニーを運営することって、ものすごくエネルギーが必要なことだと思うんですね。これまで歴代の制作の方々にお話を伺ってきて感じるのは、本当に多くの方の知恵とエネルギーがせめぎ合って、ぶつかり合って、ようやく成り立ってきたという、奇跡のような30年間だったんだなって。カンパニーを運営する上で、小池さんが最も重要視してきたことってなんだったんでしょうか?

小池:何をもって“最重要”とするかは、とっても難しくて、アーティスティックな面はもちろん崩しちゃいけないし、でも一方で当然経済的な面も成立させなければいけない。これらはなかなか相容れないんだけど、両方とも重要なんですよ。だから「最も」とは簡単に言えない。アーティスティックな意思はまっすぐじゃなければいけないけど、それだけでは経済的にはうまくいかないからそこをどう波乗りしていくか。まあ、バランスだね。相当ギリギリのせめぎ合いの中でやってきましたね。すごく難しく、大変で、頭痛いことばかりだった。

山内:つくづく難しさを感じています。

小池:で、これだけやってきても、日本ではポジションが全く上がっていかない。「好きなことやれていいね」って言われる人でしかない。

山内:それはきっと、多くのアーティストが感じていることですね。

小池:そうすると何が起きるかだけど、多くが自身のやっていることに対してプライドを持てなくなるんだよ。で、プライドを持てず、かつ生活もできなくなるとみんな辞めていってしまう。あるいは、商業的な力に取り込まれて、良しとするしかない。だから、いつまでたっても「こども文化」なんじゃないかな。そうじゃないことをやれるのは若いうちだけだからね。なかなか継続して文化的、アーティスティックな新しさ、深さをじっくりと追い求めていくことが日本ではできない。ずっと積み上げがなされないんだよ。

山内:「こども文化」という言葉は、小池さんのお話の中によく出てきますね。まさに私たちの世代は、アニメや漫画といった「こども文化」に埋もれるような生活をしてきたんですが、小池さんの世代から見るとそれは昔から日本に根付いているものなんですか?

小池:昔からだね。昔からあったんだけど、次第にそれが強くなっていった感じを持っていますね。

山内:それはなぜなんでしょう?

小池:一番大きな理由は多分、自然が失われていったこと、身体が消えていったことだろうね。こどもの文化って何かって言うと、例えば「死」が見えないとか、「生」しかないとか、そういうことが許されている時期にこどもは存在しているんだけれど、だんだん自然とともに在ることで、実は人間ってもっと多層なんだって分かってくるんだよ。それが20世紀の中盤頃から急激に自然がなくなっていくにつれて、そうした多層性も消えていく。どんどんモノトーンになって、フラット化していく。だから、積み重ねがないまま、表層だけが上澄み液のように漂ったままなんだな。分かりやすいものばかり求めるのは、理解度の深さが熟成されないから、と言ってもいい。

山内:そんな日本で、多様な方向性に向かって30年間創作を続けてきたわけなんですけれども、その間に様々なタイプの制作者、スタッフの方と協働されてこられましたよね。特にこれまでこのコーナーでお話を伺ってきたみなさんは、パパタラの歴史において重要な役割を担ってきたと思うんですが、小池さんから見てみなさんの共通点のようなものはありますか?

小池:単純に能力の高さだよ。

山内:例えばどういう能力ですか?

小池:それは、2点あると思うんだよね。マーケットを広げていく能力と、あとはマネジメント、お金の面。お金の面がぐちゃぐちゃになっちゃうと終わりなんで、そこをきちんとしながらマーケットを広げていける。彼らに共通するのはそこでしょうね。

山内:逆に、それぞれの特長は?

小池:それは吉井あたりだとスタッフに対する人心掌握だろうね。白石は、なんだろうな分かんねぇな(笑)。いや、彼がいた当時は制作もなにも、まだ混沌としていた時期だったからね。楢崎はやっぱり海外での生活経験の豊富さかな。今尾は堅実さ。色んな意味で。堅実であるがゆえに培える能力というものもあって、一気にボーンと行く人もいれば、彼のように少しずつ積み上がっていく人もいるんだよね。

山内:以前、今尾さんのことを「スーパー凡人だ」っておっしゃってましたよね。

小池:それはあんまり、まずいんじゃないか。

山内:いやでも、制作者としてはすごい褒め言葉だと思います。

小池:でも、そういうと吉井なんて全く凡人じゃないですね。

山内:そうですね。

小池:今尾とは対局で、20代の前半ぐらいの時から制作者としてすごく持ち上げられた男だからね。やっぱり能力があるんだよね。

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