制作ニュース
モノクロのチラシで描く、カンパニーの未来 屋代秀樹(日本のラジオ代表)×郡司龍彦(デザイナー)
今年の6月から7月の1ヶ月間、東京・北区の王子小劇場を中心に開催された「佐藤佐吉演劇祭2014+」(主催:王子小劇場)。この演劇祭の協賛企業として参加したNext(有限会社ネビュラエクストラサポート)は、演劇祭参加作品のチラシを対象とした「Next賞」を提供、その選出にNext社員とアルバイトスタッフ・約30名程で取り組んだ。結果、スタッフの圧倒的な支持を得たのが、グラフィックデザイナーの郡司龍彦さんが手がける日本のラジオ『ツヤマジケン』のチラシだった。「B5・モノクロ・上質紙」というデザインで異彩を放っていたこのチラシは、どのように制作されたのだろうか。郡司さん、そして日本のラジオ代表の屋代秀樹さんにお話を伺った。(編集部:大澤歩)
■屋代秀樹(やしろ・ひでき)
日本のラジオブログ
http://nihonnorazio.blog.shinobi.jp
■郡司龍彦(ぐんじ・たつひこ)
グラフィックデザイナー。映画、演劇、写真展など、様々なジャンルのフライヤーや書籍のデザインを手がける。文字やフォントに対する造詣が深く、その特性を活かしたデザインに定評がある。
http://08772.com
http://marumaru.co
—『ツヤマジケン』のチラシについて、Nextスタッフから「イマジネーションが膨らむデザインで芝居への期待が高まる」「絵や写真というビジュアルではなく文字情報で構成されており、それが想像力をかき立てる」「静かな狂気感を感じる」「カラフルなチラシが多い中、単色がかえって目を引く。モノクロだからこそ生きるデザイン」といった感想がありました。作品世界とチラシの雰囲気も合致していたと感じたのですが、チラシの打ち合わせは本番のどのくらい前に行われるのでしょうか。
郡司:約3ヶ月前です。屋代さんは早い段階で作品イメージが固まっているので、打ち合わせするのも早いですね。チラシに載っている情報はその最初の段階でもらえます。
—屋代さんが郡司さんにデザインを依頼する段階で、脚本は出来上がっているんですか。
屋代:いや、そうでもないです。最初にお渡ししたのはタイトルと、キャッチコピーとあらすじくらいで、「これで自由にお願いします」と(笑)。
郡司:今回の『ツヤマジケン』で言うと、「日本刀」「懐中電灯」「猟銃」「学ラン」という4つのモチーフがあって、この4つのアイテムは出したいと最初にオーダーがありました。
—郡司さんはそれらを『線』で表現しました。
郡司:屋代さんからはシルエットのようなものを入れたいと言われていたんですが、シルエットを入れてしまうと具体的すぎてつまらなくなっちゃうかなと思ったので、4つの言葉を入れて、さらに抽象的なものがあったらいいなと思ってこのデザインにしました。
屋代:いくつかの候補のうち、シルエットのデザインもあったんですけど、(郡司さんから)「いっそのこと『文字』が良いんじゃないでしょうか」と提案されて。実際にデザイン案を見せてもらったら、これ(採用となったデザイン)がいいな、と。
—Nextスタッフからは、『ツヤマジケン』のチラシは裏面の情報がとてもわかりやすい、という意見も多くあがりました。きちんと整理されていて、かつデザインとしても美しい。
郡司:見やすさは意識していますね。今回は特に「見る順番」を考えました。広告要素の強いチラシというよりは、ちゃんと読んでもらえるようなチラシを目指しています。屋代さんのキャッチコピーやあらすじはすごくすてきだなと思っていて、だから僕がこだわって文字を作るというよりも、ちゃんと『読める』こと、それが一番良いデザインだと思っています。
—屋代さんがチラシを作るとき、重視していることは何でしょうか。
屋代:違う公演のチラシでも、日本のラジオのチラシだとわかるようなものがいいですね。郡司さんに初めて劇団の本公演のチラシをお願いしたのは第9回(2013年6月『ラクエンノミチ』)からなんですが、「これからお願いするにあたって、毎回同じようなコンセプトで作ってほしい」というお話はしました。
郡司:この時に、屋代さんは「『B5サイズ、モノクロ、上質紙』でずっといく」と言ってたんです。何度も同じようなトーンでチラシを作って「お客さんが気になってくれたらそれでいい」と。屋代さんは軸を決めたらそこは揺るぎない。デザイナーとしてはとてもやりやすいです。
—モノクロ一色の『ツヤマジケン』のチラシは、カラーでないからこその存在感がありました。
郡司:他のチラシを作るときも、チラシ束を持ってそれに折り込んでシミュレーションしたりするんですけど、そこで目立とうと考えたら、自然にモノクロのほうが目立つかなと。他のチラシが主張しすぎていて、かえって主張しない方がパッと浮かんできたりする。もしチラシの束がぜんぶモノクロだったらカラーにするかもしれないです。
—郡司さんは、映画や写真展などのチラシも手がけていらっしゃいますが、舞台公演のチラシと他のチラシを作る時とで、大きな違いはありますか。
郡司:舞台公演ではチラシを作る段階でストーリーが決定していないこともあって、抽象的なオーダーをどうやって表現するか──写真を使うのか、イラストを使うのか、文字を使うのか──その設計をするところから始まります。チラシを作るということは、単にモノを売るために広告をデザインするのではなく、この公演の「顔」を作るということ。それを作らせてもらえるのはすごく楽しいですね。ただ、これは演劇の仕事だけでなく他の仕事でもそうなんですけど、チラシ以上でも以下でもないものを作りたいなと思っています。今みたいにモノが売れづらいと、嘘ついてキャッチーな広告を作ったりすることもできなくはないんですけど、それをすると「広告はすごいのに中身はぜんぜんすごくないじゃん」という等身大ではないものが出来てしまう。それでは次に繋がっていかないと思うんです。常に真ん中を狙っていきたい、「この公演はこのチラシだね」という風に。
—現在はインターネットも普及し、チラシを作らないというカンパニーも増えています。屋代さんは「宣伝媒体」としてのチラシについて、どのようにお考えですか。
屋代:僕は正直、例えば『ツヤマジケン』のチラシを見た人が「この公演を観に行きたい」と思わなくてもいいと思っていて。開演前にチラシ束の中にあるチラシをばーっと見るじゃないですか。そのときに、たくさんあるチラシの中で、まずは「日本のラジオ」という劇団があるんだということを知ってもらえればいいなと。それを何度も繰り返すうちに「いつか公演を観に行こう」と思ってもらえるかもしれないし。毎回同じトーンのチラシを作ることで「こういう雰囲気の芝居をやっているんだな」と感じてもらえる。宣伝媒体としてはインターネットも効果的だとは思うんですけど、わざわざ検索してサイトに見に行かないといけないですから、『印象づける』という点では難しいのかなって思います。折り込みの束の中にあるチラシは、お客さんが能動的にならなくても受け取ることができるのがいいなと。即効性はあまり高くないけれど、劇団が存在しているということを印象づけることはできる。そういう意味でチラシは効果があるかな、とは思っています。
郡司:僕も基本的には屋代さんと同じです。一枚のチラシだけで効果を出そうとするから、派手にしたりちょっとずれてインパクトを出したくなったりしてしまう。でもそうではなくて、もうちょっと押さえて続けていかないと、印象はつかないと思うんです。…でも、「日本のラジオ=白黒B5」というのが定着していったら、いつか番外編でカラーをやりたいですね。
屋代:僕はすごく邪魔くさいチラシを。サイズが新聞紙大とか(笑)。
チラシに対する確固たる「軸」を保ちながら、デザインに関しては郡司さんのセンスに委ねる屋代さんと、屋代さんが何を求めているのかを見極め最高のパフォーマンスを見せる郡司さん。そこにはチラシデザインを発注する側・される側という関係ではなく、お互いの仕事を尊重しているからこそ成り立つ絶対的な信頼関係があった。そして、お二人の言葉にも表れているように、チラシを「1回限りの短期的な宣伝物」として捉えるのではなく、「劇団のブランディングを高めるためのツール」という長期的な戦略をもって見つめ、制作していることも興味深い。「B5・モノクロ・上質紙」というチラシで、日本のラジオはどのような世界を描いていくのだろうか。これからも注目していきたい。
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