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「今あるモノを花ひらかせよう」鹿児島県大隅半島に移住したダンサーJOUの芸術地域おこし活動レポート Vol.6

13.07/29

現在『おおすみ-かごしま芸術祭2013』真っ只中!「劇場」という枠をはみ出して、「地域」の中で活動されているダンサー・JOUさんによる連載コラム!今回のテーマは「アートとお金の矛盾と役割」皆さん、こんにちは!鹿児島に、暑い夏がやってきました。ただし、東京の熱帯夜のような24時間続く暑さではなく、

アートとお金の矛盾と役割


皆さん、こんにちは!鹿児島に、暑い夏がやってきました。ただし、東京の熱帯夜のような24時間続く暑さではなく、夜は意外に涼しくて気持ち良いです。住まいのある肝付町(きもつきちょう)川上の夜は、日が落ちればひんやりと涼しく、車や人の音は、一切ありません。代わりに、たくさんの種類のカエルや虫の音が現代音楽のようです。都会にあるような便利な「買えるもの」はほとんどありませんが、お金では買えない作ることもできない「お宝」が至る所にある豊かな町です。一方で、「豊かさ」を「所得」として考えると、鹿児島は、全国レベルでも、かなり低所得で暮らしている県です。言い換えれば、低所得でも十分暮らせる県であり、食材の鮮度や美味しさ等、お金で買えない部分での生活のレベルは、相当高いです。そこには「見えないお宝」がまだ健在の土地柄だから、という理由があると考えています。

今月は、今、私達1人1人が現実問題として抱えている「数えられる見えるお金~visible money」と「数えられない見えないお金~invisible money」の概念の話と、具体的な芸術祭のお金の話をします。


大隅半島からの桜島
年齢を刻んだ方の中にもinvisibleなお宝がある

visible moneyの落とす影見えない形になっていないアーティストの創造力が、その人なりの方法で形になることで生まれるのがアートと定義してみます。現在流通しているお金的な「仕組み」を作るには、アートではなく、ビジネスの仕組みの中で動かなければならないという矛盾があります。どんなに優れた独創的な作家でも、お金に代わる「新しい価値感や仕組み」を作った人はまだいません。
多くのアート関係の皆さんのご苦労は「資金集め」であるかと思います。仮に、現在の流通貨幣が、誰かが作った前時代からの「作品」であるのだとしたら、「数えられるお金」に関しては、先人が作った作品を借用して使っていることになるので、意のままにならないのは、当たり前かもしれませんね。
とはいえ、先立つものがなければ、材料も買えない、稽古や製作、宣伝もできない。
「理想だけでは食っていけない」「気持ちだけでは、続けていけない」と言われることは本当です。生活できること、創作のための環境を整わせるために、「お金〜Visible Money」の影がつきまとい、欠乏感に苦しむ人は多いのではないでしょうか。

数えられない見えないお金~invisible money「低所得でも豊かに暮らせる」「予算が少なくても実現することができる」これらが存在できる理由は「invisible money」が動いているからです。「思いやりの気持ち」「感謝の気持ち」「好きだから」「楽しいから」「ワクワクするから」というキラキラした気持ちや温かい気持ちと創造力。人間の行為の動機としてのそうした見えない何かであり、包容力のある自然が持つ癒しや収穫から得られる何かであったりします。

社会的国家規模的な巨額事業に比べて、アートは、圧倒的に少ない予算でできてしまう。これは、鹿児島県が低所得でも暮らせている、ということと本質的に似ている気がします。私達がアートを世に送り出すという一連の作業の中には、冒頭の通り、私自身が肝付町で日々感じている「見えないお宝~Invisible money」的な何かがあるのではないでしょうか?そして、そこに惹かれて制作に関わっている皆さんも多いのではないかと思います。

「アートマネージメント」は、基本的には「VM〜数字に換算できるvisibleなお金」を使って「IM〜数字に換算できないinvisibleなお宝」の時間や空間を作ってくれるアートを世に送り出す、相反する二つをつなぐわけですから、難しい作業です。アートマネージメントやプロデューサーの苦労の由来は、そんなところにもあるのかもしれません。


見えない何かを生み出す作業としての舞台

地域おこしでもアートでも商売でも、同じコトが言えるのですが、実際に額面となって動くvisible money(以下VMとします)とinvisible money(以下IMとします)との両方が動いて初めて、実際の出来事として成立し、成功しているといえるのではないかと思います。売り買いが先にありきの商売では、具体的な値段のある商品と、その商品を買うことで得られる「何か」〜生活スタイル、夢の実現、社会的貢献など〜というIMも一緒に商品に乗っかって来るわけです。

アートでお金が動く時アート作品で、動くVMと一緒にどのようなIMが動いているのか、書き出してみます。

1.自分の感性と作品そのものが持つ魅力とが合致して売り買いされる。/ 作家が好きなので見に行く「今、この作品をここで上演することは、~のために意義があることだ」という概念的な使命感もまたIMです。根本的かつ最も力強いIMは、「これ、好き!」という個人的な感性が動いた時に発生します。観客の立場でもプロデューサーの立場でも同じです。この場合、VMを支払う満足度がIMであるのでしょう。好きなもののために使うお金は、惜しみない人が多いのは、そのためかと思われます。
何に反応して「好き」と思うか、は、その人それぞれの持つ環境、歴史や経験などのバックグラウンドに加えて、日常の中で何をどう食べ、考え、どういう行動をして、どういう人達と時間を過ごすことが多いか、に寄るところも大きいと思われます。「これ、好き!」という時間が多い人生は、幸せな人生と言えるのかもしれません。

2.投資や税金対策の対象、企業や団体のイメージアップなどの戦略として売り買い/支援される。「投資」としてのアート作品の購入や、税金対策のための支援や購入などでVMが動く時、「この値段が倍になるかもしれない」的な未来への期待感や、「こうした活動でイメージアップするだろう」という希望的観測から来る博打的な未来を買うIMが一緒に動いています。
震災後は加速がついて「アートの力」を再認識し、支援する意識をもつ企業担当者の方がグッと増えたように感じる企業メセナについては、イメージアップという自分達の利益だけでなく「社会のために」という概念が働いているように感じます。あるいは、そうした日本人の気持ちが、顕在化したと言えます。VMの競争社会で生きている企業や組織の中でも、「地域社会のために」「教育のために」というIM度が強くなっている企業と、そうでもない(それどころではない?)企業と、分かれているかもしれません。紙製品の会社が、売り上げの一部を森林保護活動にあてる等、企業の製品と連動した連鎖環境を整えるための活動などもVMとIMが一緒に動いている例と言えます。

3.資産家や組織の担当者がパトロンとなり、支援する(個人メセナ)/育てる。発掘する。売り出す。どちらかというとIMが先行して、VMが動いている、というケースかもしれません。これをしている人は自然と、VMとIMの間に入って、両者をつなぐという仕事を主にやっていく役目になっていきます。個人メセナやパトロン的な支援の場合、IMは「新しい未知の才能発掘や育てる楽しさ」の部分も大きいかと思われます。

4.作家本人が、他の仕事で得たお金を、自分がやりたいプロジェクトに投資する。「まだ駆け出しの頃」…作りたいという欲求は、人間のもうひとつの本能であり、作り始めの当初は、誰もが自分で自分に投資します。
創造のビジョンは、作家の頭の中にあり、それを具現化するためのVMを、作家自身が別の仕事や人の援助を得て具現化するので、作家自身にとってのIMは「自身のビジョンを具現化する喜び」と言えるかもしれません。


鹿児島市からの桜島

アートの役割「経済」を動かしているお金を、「VM~visible money」と「IM~invisible money」の二重構造で捉えた時、「経済発展」の地図も二重に見えてきます。この相反する二重構造の中を行き来する道なき道(橋)を創造するのが、アートマネージメントの役割なのかもしれません。同時に、この二重構造のギャップにまたがるアートそのものが、どのように両極をつないでいくのか、非常に重要な役割を演じていると考えます。
高度成長期、私達は皆誰もが「収入が上がれば、間違いなく幸せになれる」という新時代のIMを信じて日本の経済を発展させてきました。農地を耕す生活を子どもたちから遠ざけ、教育を受けて都市部で働きお金を稼ぐ生活を、誰もが目指した時代がありました。その時代の「夢」が具体的で、誰にとっても描き易かった。ただ、それらは全て、VM〜見えるお金の世界の話でした。IMとしての「車を買うことでステータスが得られる」「家を買うことで新しい生活スタイルを得られる」というビジョンは、繰り返しテレビドラマや雑誌で流され続けたので、自分の中に容易に創造力を働かせることができたのでしょう。一方、ステレオタイプ以外のIM〜見えないお金・財産に関しては、存在しないかのごとく、徹底的に無視し続けて来た時代が、高度成長期であったのかもしれません。採れたての野菜の旨さ、季節感のある自然の風景、田んぼの美しさ等、この時期、日本が失ったものはたくさんあります。今、時代が一巡して、失われたかつてのIMを再生する創造力もまた、アートの役割なのかもしれません。


普通の風景が、すでに宝物な鹿児島

日本の助成金と外国の助成金の違い日本では、行政の枠を通した助成金の場合、まず最初に「半額自己負担」という定番のフォーマットがあることと、「他の助成金との併用を認めない」という原則があることが、大きな特色ではないかと思います。内容が細かく項目が決まっているものが多く、最初に届け出たものと違うことになると、変更申請を出さなければなりません。丁寧に細かく規定されている日本の細やかさは、大胆で実験的な創作活動の支援には不向きである危険性も伴います。「好きなことをしているのだから、お金を払わなくてもいい」「お師匠さんにお弟子さんがお金を払う」という江戸時代からのお稽古ごとの考え方や風習も影響をしているように感じています。
一方、欧米の先進諸国では、「全額自由に使っていい」「助成金の併用も可」というのが多く、クリエイションに関わる経費(振付家、マネージャーなどの人件費も含む)という大枠で、割と自由にもらったお金の采配をすることができるものも多いです。「助成金の半額以上は、人件費に使うべし」という助成金もあり、創作に関わる人々に、お金が支払われるように配慮されているようなのもあります。「芸術創作は、社会の中できちんと役割を持っている仕事である」という認識があるせいか、アーティストの仕事が切れた時、失業保険を出す仕組みの国もあります。


お祭りやアートなどの行事を通して伝わるinvisibleなお宝情報がある

具体例:昨年度の芸術祭の経済状況7月19日から開幕した「おおすみ-かごしま芸術祭2013」は、鹿児島県9市町を手作りアートイベントでつなぎ、そこに必要なVMは「最小限~less money」で運営し、IMは、最大限に引き出そう、というコンセプトで企画運営しています。今年はまだ2年目です。2年目で、広域の助成金を県の地域振興局から、小口の少額助成金を地元の企業の財団や地方の行政から、頂けることになりました。それについて語る前に、昨年度の状況を振り返ります。

 昨年2012年の初年度は、3万円の少額助成を頂き、それで印刷できるだけの数のチラシを作りました。会場は共催で、事務局としての私達の仕事は0円での開催でした。4市町4会場での開催は、打ち合わせの移動時間、交通費、電話代などだけでも、コストがかかりますが、それらは一切計上していません。招聘したアーティスト数は総勢15名。全員が一同に揃うということはなく、1会場に3~4人を組み合わせて、会場や人との出会いを活かした異分野アートのコラボレーションをしてもらいました。各会場で集めたカンパは、1会場1万円弱でしたが、中には1人で1万円を差し出してくれた方もあり、4会場合計で6~7万円になった記憶があります。カンパは、各アーティストに謝礼として支払いをしました。東京から来たアーティストには、空港から大隅半島へのバス代を払ったらなくたってしまうような少額ではありましたが、日本の創作現場でいつも後回しにされがちな表現創作の作業への報酬に対して、ゼロ円にだけはしたくありませんでした。
「面白い人達、発信力のある人達が来て、発信したり発見したりしてくれる」というIMがあるということで、会場費は共催でゼロ円。「面白い人や場所をつなぐことを自分達のペースでしている」ということで事務局の人件費はゼロ円で運営しました。

会場や地域の共催や後援がとれたのも「見えない財産」というこだわり「おかえり-ただいま」の関係を育むためのアートイベント、という全体のコンセプトを提案し、共有する、というIMに相当する価値観を発信し続けたからだと思います。自分達の生活費や活動資金をなんとかして、というのは後回しで、「ひらき、つなぐ」のIMを最優先で動いていたのが幸いして、新聞やラジオ、テレビにも取り上げられました。そのお蔭で、イベントは大盛況でしたし、見えない財産としての「つながり」も、作ることができました。自分達の持ち出し資金は、何十万円かしたので、見えるお金の収支的には大赤字でしたが、IM〜見えないお金だけは、たくさん頂きました。


食文化もお宝のひとつ

本当に必要なものを再考するそれは、本当に必要なのか、それを払うのはお金でいいのか、それとも違う何かがあるのか、自分達が行なっている活動の項目のひとつひとつを、再度吟味して、作り直していくことも必要かもしれません。お金の流れは、人の気持ちや関係まで簡単に変えてしまいます。たくさんのお金を動かせる人は、業界トップなわけですから、業界全体のことも考えて、自分達の活動にプラスして業界全体の底上げ的なことを働きかけていくことも必要でしょう。最近はそうした頼もしい制作の皆さんが増えておられるように感じます。大きなお金だろうが、小さなお金だろうが、どこからどうしてもらうのか、どこへどうして払うのか、ひとつひとつきちんと考えて、本当に必要なものだけを選び始めた時、世界は変わっていくかもしれません。


ご近所さんからの心づくしの差し入れでお客様をお迎えした昨年の芸術祭

アートが持つ社会の中の役割時代に寄っても、国に寄っても、変わり続ける芸術と社会の関係と仕組み。今、芸術が社会に果たすべき役割は、何なのでしょうか。助成金の仕組みを通しても、考えさせられます。
宗教でも商売でも政治でもないアートは、本来、時代という白波の最先端の部分を作っていく役割を担うと考えます。私達が起こしていること、選んでいることは、そのまま、何年か後に社会全体の動きになっていくのだと、歴史から学ぶことができます。先の見えない時代に、そうした役割を担うアート、という意識をもつ人達も、世界中に、少しずつ増えてきたように感じています。どの分野よりも一番、創造力があって然るべきアートから、次の時代の価値観やシステムが生まれて来ることを、実は誰もが期待しているのかもしれません。お金のことも然り。VMの中にIMを創りだし、IMからVMを創りだすには、どうしたらいいのか?アーティストは作品を作りますが、制作プロデューサーは、VMとIMを創りだし、世に問いかけていきます。
それぞれの役割の中で、IM〜見えないお金 とVM〜見えるお金の両方を上手に使いこなしながら、次の時代を作っていければ、と思っています。


【おおすみ-かごしま芸術祭2013】鹿児島県9市町27会場で、開幕!
2013/7/19-(金)8/4(土)
いよいよ始まりました!8月4日まで、17日間開催。
小さな積み重ねをささやかに行う広域芸術祭。
どうぞ、つながりに来て下さい!鹿児島で、お待ちしています!
http://2ndhometown.net/


■JOU(じょう)■
23才で踊り始める。ダンスで人やモノや場をつなぐ作品作りをする。2008年ソウル国際振付祭にて外国人振付家特別賞を受賞。2013年、肝付町踊る地域おこし協力隊として鹿児島県に移住し、劇場舞台の枠を越え、地域おこしとつながったダンス活動を創作中。おおすみ夏の芸術祭(OAF)2012発起人。おおすみ踊る地域案内所所長。

JOU日記: http://odorujou.net
大隅文化生活http://osumiart.exblog.jp/


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