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「今あるモノを花ひらかせよう」鹿児島県大隅半島に移住したダンサーJOUの芸術地域おこし活動レポート Vol.5

13.06/20

「劇場」という枠をはみ出して、「地域」の中で活動されているダンサー・JOUさんによる連載コラム!今回のテーマは「知らない人、興味のない人に、どう説明するか」皆さん、こんにちは。鹿児島の季節感は、東日本より1ヶ月程早い様な気がします。

知らない人、興味のない人に、どう説明するか


ダンサーがいる風景@錦江湾
ダンサーがいる風景@轟の滝

皆さん、こんにちは。
鹿児島の季節感は、東日本より1ヶ月程早い様な気がします。
田植え、梅雨入り、稲刈り、、、。
日々のお天気も、鹿児島に雨が降ると、翌々日には、首都圏にも雨が降る。
そんな微妙な時差を感じます。細長い日本列島ならではの現象かもしれません。

お天気や季節だけでなく、実は、鹿児島の持つ状況、高齢化、少子化、人口減少、などは、日本の20年後30年後の姿なのではないか、、、とも思うのです。

もちろん、これは鹿児島だけの話ではなく、日本全国、都市部から離れた遠隔地の持つ共通の状況であるかもしれません。

では、その状況が抱える課題を、今、どのように改善していけば良いのか?

それを考える時、「アートの役割」「アートの可能性」が急浮上してきます。

劇場から外へ向かって働きかける皆さんが多い中、地域社会の中に飛び込んで、「こんなやり方や価値観もありかもですよ」と、枠を越えてつなぎ、働きかける役目をしている私達ですが、これからの時代、そうした役目を担う人がもっと増えて来る様な気がします。

その時に、何故、つながる先がアートなのか、自分で考え、自分なりの言葉で語り、納得してもらえる様な説明ができるかどうか。

自分では、必要!と思っていても、その根拠は大抵、感覚的なものだったりするので、なかなか普遍的なアートの社会的効用を理論づけるのは難しいものです。
これまでにも、「個人的な楽しみなだけじゃないか?」という言われ方をされた方も、中にはいるのではないでしょうか?

アートという業界の内側と外側を俯瞰で見た時、外側の人間の方が圧倒的多数で多く、アートの内側は社会の中ではまだまだ認知度が低いのではないかと思います。
その内外の橋渡しをしてくれる言葉や統計的な数値、科学的な根拠を示せる人材や資料・機関が、あまりにも足りていない、と思うのは、私だけでしょうか。

「納豆が身体に良い」とか、そういう研究発表をする研究者と同じように「アートは人生や社会を豊かにする」という研究発表をぜひ、研究者の皆さんにはして頂けたらなあ、と思います。

とはいえ、日々の活動の中で、その未来の研究発表を待つ時間もなく、自分なりの言葉で語らなければならない場面は沢山あります。

これまでも、いろいろな方がいろいろな立場から言及して来たことではありますが、自分なりの言葉で考えてきたことを、今一度、ここに整理してみます。


観客参加型のダンスショーイング開演前@肝付町
観客参加型のダンスショーイング開演前@ジュネーブ

アートの役割
「アートって、何?」という質問に答える時、「政治でも経済でも宗教でもない、創造力を使った何かで、人と関われる何か」「生活を豊かにしてくれる、心のもやもやを昇華してくれる何か」という答え方をすることがあります。

アートは、フェスティバルなどの地域経済効果や投資等の経済にもなり得ます。
政治的なプロパガンダで利用されることもあります。キリスト教や仏教の壁画や宗教画など、宗教が生み出して来たアートも、もちろんあります。

有機的に変化自在なアートは、それぞれの時代に寄って、その役割も変容してきました。

歴史の中でも「創造力」は、一貫して人間が持つ本能であり、だからこそ、動物を越えて人が人になり得た能力です。飛行機を作ったのも、携帯電話を作ったのも、今の社会の仕組みを作ったのも、元々は人の創造力。しぶとく追求し続ける創造力には、限界がありません。

今、先行きの見えづらいこの現代社会において、アートの役割は何かというと「どうしていいかわからない閉塞感を表現すること」という同時代性もありつつ、人間ならではの能力「創造性」を駆使して、「現状を越えて”新しい在り方を示す実験”をし続けること」「既存の枠を揺らがせ、硬直している何かを緩めること」なのではないかと思っています。

それは、楽しいダンスのひとときかもしれないですし、不思議でシュールな展示かもしれません。見ていて辛くなる様な問題提起の映像かもしれないし、ハッとするようなひと言のセリフかもしれません。

そうした「揺らぎ」の瞬間は、受け止めた人の心や体感の記憶に残り、永遠に消えることがありません。そしてまた、そうした経験の蓄積は、ふとした瞬間にそれを持つ人のピンチを救ってくれたりもします。

アート作品に触れることで、そうした揺らぎが生まれることもありますし、作品の創作に関わることで、体験することもあります。プロジェクトの企画そのものが、創造的革新的な場合、その過程が丸ごと全部、揺らぎの連続 だったりもするでしょう。

見るヒトも作る人も仕掛ける人も、それぞれにとって刺激を与え、見えない財産としての揺らぎを生み出してくれるのが最良のアートではないかと思っています。

とはいえ、何をするにも、先立つものはお金。経済の中で活動を続けるために、いつの間にか、本来、アートの醍醐味の1つ、「枠を越えて創造する自由さ」を、「枠の中で上手にサバイバルする賢さ」にすり替えてはいないだろうか?

と、アートに関わる身として、常に自問自答することを忘れないようにしたいです。

今の時代、政治経済ではなし得ない、そうした実験ができる唯一の分野が、アートだからです。それが、社会の中のアートの役割でもある、と思って、日々、活動しています。


活動の先にある子どもたちの未来を考える

社会におけるアートの可能性

「で、アートは何の役に立つの?」
という質問には、どう答えることができるでしょうか?

私自身の中には、沢山の可能性を答えることができます。
例えば、アートセラピー的な、心や精神のバランスを整え、癒す作用だったりコミュニケーションダンスや演劇ワークショップ的な、人間関係の悩みを解消してくれるひとつの方法だったり、身体を長く健康に保つための予防医療、リハビリ、スポーツの様な選手寿命がない、一生涯自分のペースで楽しめる自由な枠での生きがいだったり、教育に今一番必要な「創造力」「発想力」「コミュニケーション能力」「洞察力」を練習したり、感じたりする場だったり、それは、同時に、企業やビジネスリーダー、地域リーダーにとっても必要な能力だったりするわけです。身体感覚や美的感覚を活用した都市計画ができれば、それはそのまま、広域での地域の価値を高めることにもつながります。
工場やオフィスビルに取り入れたら、企業の効率も向上するかもしれません。
アーティスト・イン・レジデンスのように、アーティストが町や学校などに滞在製作することで、住民や子どもたちが刺激を受け未来の人材が育ったり、町のイメージが向上したりもするでしょう。

先日お会いした某女子大学の学長さんは「アートは、なくても生活に困らないが、一度知ってしまうと、なければ物足りなくなってしまう」と、素敵なことをおっしゃっておられました。

多くの先人を見ていても、どうやら人の幸福感は、お金やモノや社会的地位だけでは、100%満たされないらしいです。なぜならば、お金もモノも社会的地位や評価も、自分の中にその源がないので、ふとした瞬間に、自分とその外側にある幸福感との間に、すき間ができるからではないかと思っています。

「誰かを支える」「自分を表現する」「何かを作る」「自分で考える」というような自分の中に源があるモノが幸福感の根源である場合、全ては自分次第なので、ちょっとしたことでできてしまう内外のすき間に翻弄される確立がグッと減ります。作る側としても、見る側としても、源を自分の中に保とうと思えば、持ち続けていられる強みが、アートにはあります。

また、アートは、地域や文化の再発見や再演出もしてくれます。地域文化が魅力的であることは、地域づくりの基盤の強化にもなります。

さあ、これは、「アート、意味がわからん」と思っている人に納得してもらえる言葉でしょうか?まだまだ、整理・咀嚼の余地はありますね。

皆さんなら、どのように考え、どのように説明しますか?


日本とオランダの子ども交流
スイスの展示

アート言語と自分言語を考えながら実践する

アートのフレームの中では、共通言語になっている言葉や感覚も、一歩外に出れば「なんですか?それ」ということが沢山あります。

「ワークショップ」「インスタレーション」「コンテンポラリーダンス」これなどは、「3大・なんですか、それ?用語」ではないでしょうか。

鹿児島で企画をしている時は「ワークショップ(体験教室)」「インスタレーション(空間展示)」「コンテンポラリーダンス(現代の生き方を反映しているなんでもありの自分スタイルのダンス)」と、かなりざっくり説明をしています。

なんとなく、イメージし易い言葉を選びつつも、耳慣れないその言葉を知っていることで、後々の役に立つこともあるかもしれない、と思って、敢えて使うようにしています。

歴史をたどると「芸術」そのものも、「Art」を和訳したかつての先人が、日本にはないその言葉を、苦心して創りだしたものだという話を読んだことがあります。

カタカナで、なんとなくわかったつもりになっているこれらの言語を、今一度、自分なりの言葉で捉え直してみる、という作業も時には必要かもしれません。

その時に、自分なりの体感・実感に基づいた言葉を持てるかどうか、それを持っている人の仕事は、整合性、一貫性があるように感じます。

作家としても、制作サイドとしても、これは同じではないかと思っています。

「なんですか、それ?」という人に簡潔に答えられる言葉を、日頃から用意できているかどうか。

「なんですか、それ?」と聞いてくれる様な越境の企画仕事をする機会を作れているかどうか。

「なくても生活できるが、ないと物足りない」と思える人をどれだけ増やしていけるかどうか。

アートに関わる様々な立場の1人1人が、ほんの少しずつ、これらのコトを実践していったら、

世界は、いつの間にか変わるような気がします。


昔の技が生きる古民家が壊されていく
空き家活用アートプロジェクト
空き家びらきのための掃除風景。



空き家美術館での飲ん方。

問題解決としてのアート実例
居住地である鹿児島県肝付町(きもつきちょう)のご近所さんから「空き家を地域のために活用したい」と提供して頂きました。
地域に空き家が増え、人が住まないとあっという間に朽ちていく家は、悲しいものです。
特に、昔の大工さんが作った木造の家は、シンプルな外見とはいえ、木もしっかりした良い木で、造りも見事なものばかりで、「勿体ないなあ~」といつも思っていました。特に外人に見せたら「住みたい!」と言う人が多いのではないかとも思います。
空きスペースとしての「空き家」と空きスペースを必要としている「アーティスト」をマッチングさせ、尚かつ「住民を必要としている地域」にとっても良い刺激になるような「滞在しながら、アーティストに作品として空き家を改修してもらう」という
アイディアを温めていたところでした。

そんなタイミングでしたので、早速、6月に大分県竹田市で空き家改修アートスペースの実績のある若手アーティストユニット「オレクトロニカ」の2人を呼んで
「空き家活用アートプロジェクト」を開催しました。わずか3日間の滞在でしたが、結果的には、大成功でした。
元々は、築70年の木造平屋を自由に改修するためのアドバイスと一部でいいから実例として改修の実績を見せて欲しい、とお願いしてあって、1日は、まず家の下見。
その晩、作戦会議をして結局は「下手に新しい木を加えるよりは、昔の木の風合いをそのまま活かしたい」ということで、2日目は、ひたすらお掃除。3日目には、見違えるような展示スペースとなった家屋で「一晩限りの彫刻展示会」を開催しました。

2日目の夜、たまたま、地域の会合があったので、そこに出向いて挨拶と宣伝をし、当日の朝、各家庭に流れる町内会の放送で宣伝をして頂きました。あとは、facebookでの告知と、役場に挨拶に行った際、他部署の知人で興味ありそうな人にチラシを渡した程度の直前の告知ではありましたが、交通の便の悪い山間地に、周辺住民を中心に40名もの来場がありました。

ustもしたのですが、そこにも40名以上のアクセスがありました。

こうした数の実績も、驚くべきことでしたが、何よりも、うれしい驚きだったのが地元の皆さんの反応です。

誰も借り手がつかないと皆が思っていた空き家が、わずか2、3日で素敵な古民家美術館に変身し、彫刻作品が展示していあるその様子を見て、これまでいろいろな言葉で語ってきた「アートと地域」の相乗効果が、ストンと腑に落ちた方も多かったようでした。

協力してくださった役場の担当者の方も、地元の大家さんや振興会長さん方も、最初は「どういうことかわからないけど、やってみよう」という曖昧なイメージの中での開催だったのが、展示会のお蔭でぐっと具体的で明解なイメージが生まれたような感触がありました。

「どういうことかわからないけど、やってみよう」とご協力頂けるだけでも、本当に素晴らしいことだと思っていますが、パッと見て「あ、なるほどね」とわかった感じがまた、とても感動的でした。

一連の企画と実施の中で、自分の中でも、良い意味で枠がゆらいだ爽快な瞬間でもありました。

考える→言葉を見つける→語る→実践する(つなぐ)→感じたことを言葉に置き換え共有する→それを踏まえて、生活の中でまた、考える。
器が劇場だろうが地域だろうが同じく、自分にとってのクリエイション活動とは、そんなことの繰り返しです。

企画創作もまた、同様に、言葉と実践のバランスの中で、創造と発見と共有のプロセスの中で、生まれ、育っていくものではないかと思います。


イベントのレポート
きもつき情報局「空き家がアートの空間に変身した夜」
http://kimotsuki.info/pages/know/report/post-1217.html

アートとは(言葉の解説)
http://www.soumei.org/artist-information/art.html

ワークショップとは(haneta)
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%EF%A1%BC%A5%AF%A5%B7%A5%E7%A5%C3%A5%D7

インスタレーションとは(kotobank)
http://kotobank.jp/word/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

コンテンポラリーダンスとは(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9


■JOU(じょう)■
23才で踊り始める。ダンスで人やモノや場をつなぐ作品作りをする。2008年ソウル国際振付祭にて外国人振付家特別賞を受賞。2013年、肝付町踊る地域おこし協力隊として鹿児島県に移住し、劇場舞台の枠を越え、地域おこしとつながったダンス活動を創作中。おおすみ夏の芸術祭(OAF)2012発起人。おおすみ踊る地域案内所所長。

JOU日記: http://odorujou.net
大隅文化生活http://osumiart.exblog.jp/


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