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植松侑子の「来なきゃ分からないことだらけ from ソウル」Vol.7

12.11/13

アンニョンハセヨ(こんにちは)!秋の舞台芸術シーズンも一段落してソウルはもう冬の気配です。今年の舞台芸術シーズンには日本からもたくさんの方が来韓され、私もいろいろ情報交換をさせていただきました。福岡や関西の空港からはピーチ航空やチェジュ航空などのローコストキャリアがすでに就航していましたが、ようやく10月に成田―仁川間もエア・アジアが就航したので、東京からもさらに安い価格でソウルに来られるようになりましたね!

さて、コラム第7回目となる今回のテーマは「大学路(テハンノ)」です。ようやく、ようやく大学路です。韓国で演劇といえば、やっぱり大学路を真っ先に思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。長さ1.5キロ程度のエリアに劇場が密集するエリア、それが大学路。日本の演劇関係者(そうじゃなくても?)から見れば不思議がいっぱいの大学路について今回は制作者目線で掘り下げてみようと思います。そして今回のコラムは趣向を変えて、なぜか自問自答のQ&A方式で書いてみようと思います。
それではどうぞ!

Q:大学路には現在いくつの劇場があるのですか?

A:ソウル演劇センター発行の大学路文化地図によると、2012年11月現在で148劇場。最初にマロニエ公園周辺に劇場ができ始め、それが徐々に増えこの数になったのですが、マロニエ公園側は地価が上昇し劇場費も高くなってしまったため、より地価の安い場所を求めてマロニエ公園とは道を挟んだ反対側にも劇場が増え始めています。マロニエ公園側のエリアを「イン大学路」、そしてそれ以外のエリアを「オフ大学路」と呼んで区別することもあるようです。大学路にある劇場のうち半分以上は150席以下の小劇場です。


Q:ソウル演劇センターって?

A:ソウル演劇センターはソウル市の傘下機関であるソウル文化財団により運営される施設で、ソウル市内で行われる演劇の情報を集約・発信するため2007年に大学路にオープンしました。1階は情報交流館で、公演パンフレットを並べたラックや情報検索用のパソコン、インフォメーションセンターが置かれています。くつろぎのスペースもあるので寒い日の待ち合わせにもぴったり。チケットBOXも併設されているのでその場で演劇のチケットを購入することも可能です。2階は情報資料館で、舞台芸術関連の本や、映像資料、パンフレットや論文など1万点もの資料が揃っています。ほとんどが韓国語ですが、誰でも閲覧可能なので行く機会があれば2階も覗いてみてはいかがでしょうか。また、大学路の劇場マップ「大学路文化地図」も毎月ソウル演劇センターが発行しています。


Q:どうしてこのエリアにこれほど多くの劇場が集中することになったのですか?

A:大学路の漢字から分かるように、もともとこの場所には国立ソウル大学がありました。ソウル大学が1975年に移転すると、その跡地にマロニエ公園ができ、校舎だった建物に韓国文化芸術振興院が入ります。このことをきっかけとして、他の地域よりも比較的地価が安かったこの地域にソウル市内に散在していた劇場や文化施設が徐々に集まり始めます。国立大学の最高峰であるソウル大学があった場所ですから、いわゆる当時の知識人たちが集まる喫茶店などもあり、文化を愛し育くもうとする気風がもともとこの場所にあった点も重要でしょう。1985年には政府主導で毎週末(最初は毎週土曜日の18時〜22時、日曜・祝日の12時〜22時)車両の通行を禁止する歩行者天国が始まります。このことで毎週末になると大学路は若者でにぎわい、路上ミュージシャンやパフォーマーも集まる文化の街としてさらに活気を得ます。(この歩行者天国は1989年に廃止)。そして2004年にソウル市の「文化地区」に認定されると大学路の街のブランドイメージはさらに上昇し、この年から劇場が急増して現在の数にまで至っています。


Q:148の劇場のうち、公共劇場と民間劇場の割合はどのくらいですか?

A:大学路にある公共の劇場は2つ。1981年に開館したアルコ芸術劇場(大劇場・小劇場)と2009年に開館した大学路芸術劇場です。どちらも財団法人韓国公演芸術センター(HanPAC)が運営しています。残りが全て民間の劇場なので、98%は民間劇場ということになりますね。


Q:その民間劇場は貸館業務で運営されているのですか?

A:民間の劇場も大きく分けると3つのタイプがあります。
ひとつめは芸能プロダクションや公演制作会社などが、自社の企画/製作した公演のために専用劇場を作る場合。このタイプの劇場では、ひとつの作品を何年間にも渡りロングランさせる場合が多いです。また、初期投資できる財力があるので、施設が一番整っているのがこのタイプです。
ふたつめは、劇団が自分たちの専用劇場を持つ場合。運営がうまくいった劇団の中には、ひとつの劇団でレパートリーごとに複数の劇場を運営している団体も存在します。この場合の多くは空きテナント(元居酒屋、元ビリヤード場、元ネットカフェなど)を借りて劇団員自ら劇場を改修工事する場合が多いようです。
そして最後のタイプが貸館により運営されている劇場です。劇場オーナーは決められた小屋代を受け取り、劇団やプロダクションに劇場を貸すわけですが、このタイプは施設面で問題があることも多いようです。というのも、建物の中に劇場を設置すると法定駐車台数や容積率の基準緩和があるため、ビルのオーナーにとって非常においしいのです。そのメリットのために、とりあえず建物を建築する際に劇場を入れておいて、出来上がってしまえば実質的な管理業務はほとんどしない、そういった業者も少なからずあるようです。しかし高い賃貸料を払ってでも、施設環境が悪くても、やはり大学路で公演をしたい劇団は多いので、こういった劇場も残ってしまうという現状があるようです。もちろん貸館の劇場の中にもきちんと管理・運営されている場所もあります。


Q:貸館で劇場を借りる場合、費用はどのくらいかかるのでしょうか?

A:会場の設備によってもちろん異なりますが、イン大学路の劇場の場合、客席数300席未満で一日に50万〜90万ウォン(約4万~6万円)、300席以上の劇場は、150万〜280万ウォン(約11万円~20万円)が相場です。オフ大学路にある劇場はもう少し安く、イン大学路の50%程度まで抑えられる場合もあるようです。イン大学路では高い劇場費でも経営が成り立つよう、観客受けのいいミュージカルやコメディ、成人向けコンテンツなど商業的な作品をロングランする場合が多く、一方オフ大学路では商業演劇とは一線を隔した実験的な作品が上演されることが多い傾向にあります。


Q:劇場費だけ見ると東京と変わらないくらいしますけど、チケット売上だけで本当にロングランで公演が運営できるものでしょうか。

A:韓国小劇場協会の調査資料によると、現在大学路で行われている公演のうち約3分の1は終演日を決めずに公演を始める「オープンラン」の公演だそうです。その中には何年間もロングランを続けている作品も少なくありません。大学路の劇場でロングラン公演を目指す場合、序盤3ヶ月を持ちこたえることが最も重要だと言われています。(そもそも3ヶ月を序盤という時点で日本とはだいぶスケールが違う話ですが…)。資料によれば、大学路にある150席規模の小劇場で1ヵ月(28回公演)公演をした場合、

<支出>(稽古2ヶ月・公演1ヵ月、キャスト・スタッフ合わせて10名程度の場合)

稽古場費(ソウル文化財団の練習室・2ヶ月) 200万~300万ウォン(14万円~21万円)

小屋代(1ヵ月) 1500万ウォン(約107万円)

衣装・舞台美術等 1000万ウォン(約70万円)

広報・制作費 200万ウォン(約14万円)

人件費(俳優・スタッフ)(10名) 1000万ウォン(約70万円)

食事代 530万ウォン(約38万円)

印刷費 200万ウォン(約14万円)

雑費 300万ウォン(約21万円)

計 4930万~5030万ウォン(約352万円~359万円)

平均的にこのくらいの費用がかかるそうです。
今年初めに出されたソウル文化財団の実態調査報告書によると、大学路の演劇公演の有料シェアは32.4%なので、平均チケット価格の1万5千ウォン×150席×28回公演×0.324=2041万ウォン(146万円)。この収入から先程の支出を引くと、1ヶ月の公演期間では約3000万ウォン(214万円)の赤字が生じることになります。これを挽回するためには、有料客席シェアを高める、もしくは公演回数を増やすしかありません。成功しているロングラン公演の場合は1日に複数回公演をします。2010年からロングラン中の『屋根裏の猫』の公演の場合、平日でも1日2回、土曜にいたっては1日4回も公演を行っています。

先程の公演の話に戻ると、2ヶ月目以降は衣装・舞台美術費や印刷費、稽古場費等が不要なので支出はかなり減ります。また、クチコミで評判が広まり有料シェアも高まるかもしれません。そうやって何カ月もロングランをしているとある時、赤字が黒字になる瞬間が訪れます。最初の数ヶ月は赤字を甘受しても、そこで踏ん張ることが成功の鍵のようです。現在ヒットしている作品でも最初の1年赤字だったものもあるようです。もちろん赤字に耐えきれず借金を抱えるだけ抱えて公演終了に至ってしまう場合もあるわけですが。


Q:ではロングランじゃない、1週間とか10日間の公演期間の作品はほとんど赤字ということですか?

A:さきほどの例でも分かるように、劇場費は日本と同じくらいかかるのに、チケット代は日本より安く(1万ウォン~3万ウォン(700円~2100円))さらに有料で見にくる人が座席の32%となれば普通は赤字になります。そのため、商業的な考え方ではない実験的な作品は、劇場費の安いオフ大学路で多く行われることになります。劇場が分かりやすい場所にないため当日飛び込みの観客は期待できませんが、いわゆる演劇人たちのネットワークを活かして集客しています。

もし、イン大学路で短期間の公演でも赤字をなるべく出さないようにするならば

・稽古期間を短くして稽古場費・人件費を削る

・出演者数を減らす

・舞台美術や照明機材等を減らす

・可能な限り公演回数を増やす(仕込み時間を減らし、休演日なしで1日複数公演、キャスト・スタッフ交代なし)

こういった方法が考えられると思いますが、これは作品のクオリティにも大きく関係するものです。実際に、大学路で行われる公演の中でもクオリティの低い公演が増えているというのは、多くの舞台芸術関係者が指摘していることでもあります。


Q:客席の有料シェア32.4%ということは、あとは招待とかで満席にしているということですか?

A:そもそも日本と違って「客席を満席にしなきゃ!」という意識がスタッフにもキャストにもほとんどありません。日本の演劇関係者が大学路の公演に行くと、客席のスカスカ具合にびっくりしたという話はよく聞きます。ソウル演劇センターが2011年に初めて実施した「大学路演劇実態調査」によると大学路の公演の座席占有率は全体で56.7%。演劇が50.5%であり、ミュージカルが74%。お金を払って公演を観ているのは演劇で32.4%、ミュージカルが49.2%。招待や関係者等、無料で公演を観ているのは演劇18.1%、ミュージカル24.8%と推定されています。つまり招待客を足しても演劇の場合は客席半分ちょっと埋まる程度です。もちろんチケットノルマなんてありませんし、観客動員が伸びなくてキャスト・スタッフが公演直前に死ぬ気で公演案内メールを知り合いに送りまくるという光景も見たことがありません。劇団の現実的な動員可能人数をもとに公演回数を設定するというよりは、最初から長めの公演期間を設定する傾向があるので、そもそも満席になるはずがない設定であることが多いからでしょう。


Q:ということは、ほとんどの公演の場合、予約をせずにふらっと劇場に行っても絶対にチケットがあるっていうことですよね。

A:そういうことです。大学路演劇実態調査によればチケット購買時期の第1位は「当日」。37%の人は当日チケットを購入しているようです。大学路で演劇を見る人は、大きく2つのパターンに分けられます。まずは、あらかじめ見たい演目を決めて、その上演日時を調べてから大学路に行くパターン。日本の場合はほとんどこのパターンですよね。好きな劇団や俳優の公演情報を調べて、自分のスケジュールに観劇日程を組み込んだうえで劇場に向うパターン。そしてもうひとつが、どんな演目をやっているか知らないけど、とりあえず演劇を見にふらっと大学路に行ってみるパターン。148も劇場があるのですから、平日の午前中や深夜でもない限り、常にどこかで何かをやっています。そんなふらっとパターンの人々を狙って、平日の夕方や土日は客引きが大量発生します。彼らはひとつの公演の客引きをするのではなく、何十もの公演が掲載されたリストを持ち、観客の希望のジャンル(恋愛もの、家族もの、ホラー、アダルトなど)や公演時間に合わせて観客に公演を勧める、まるで公演コンシェルジュのようです。かなり強引な客引きも中にはいますが、大量にある公演の中から何を選んだらいいか分からない時には彼らのお勧めを聞いてみるのもいいんじゃないでしょうか。
また、海外招聘作品など上演回数が2,3回しかないような企画はもちろんチケット売り切れになるので事前の予約が大切です。


Q:大学路では俳優で食べていくことは可能なのでしょうか。

A:黒字のロングラン公演のキャストや、公共のサポートをもらっている劇団/公演でもない限り、ギャラはほとんどもらえてない(あっても交通費程度)のが現状のようです。多くの俳優が別の仕事を掛け持ちしながら舞台を続けています。ほぼノーギャラだとしても大学路の舞台に立ち続けることが、もっと大きな舞台への足掛かりになる可能性もあります。また最近は映画やCMに出ている俳優の中にも大学路出身の人が出始めており、そういう存在が彼らを勇気づけているのかもしれません。まさに「コリアンドリーム」を目指して、ノーギャラでも副業をしながら舞台に立ち続けているのです。

「韓国で舞台芸術で食べていけるか」については、また掘り下げるべきことがいろいろあると思うので次回のコラムで改めてじっくり考察できればと思います。



■植松 侑子(うえまつ・ゆうこ)■
1981年、愛媛県出身。お茶の水女子大学芸術・表現行動学科舞踊教育学コース卒業。在学中より複数のダンス公演に制作アシスタントとして参加。卒業後は制作、一般企業、海外放浪を経て、2008年6月よりフェスティバル/トーキョーに参加。F/T09春、F/T09秋、F/T10は制作スタッフとして、F/T11は制作統括として4回のフェスティバルに携わる。 2012年よりソウル在住。
個人ブログ:http://maticcco.blogspot.com/
twitter:@maticcco


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