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演出家・蜷川幸雄インタビュー

10.05/10

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経済的な問題は、いつの時代も付いて回る

 
もし今“日本の興行”という海で投網漁よろしく網を放ったなら、景気の悪い話が大量に引き揚げられるだろう。演劇の世界でも「観客が入っていない」や「助成金が削減」という不景気な言葉があちらこちらで飛び交っている。そんな中で、休憩を入れた通し上演が10時間の『コースト・オブ・ユートピア』(2009年9月、Bunkamuraシアターコクーン)や、同じく通しが8時間となった『ヘンリー六世』(2010年3月、彩の国さいたま芸術劇場)など、大作をつくり続けている蜷川幸雄。だがいくら “世界のニナガワ”とはいえ、この逆風を感じていないはずはない。世界を覆う不況感をどう受け止めているのか、そう水を向けると、一瞬の間の後にきっぱりとこう返ってきた。

「そういう問題は、いつの時代でもあるんだよ」

言外に、そんな問題は大前提であって今さら騒ぐことではない、と言っている。つまり、悩むべきは状況ではなく、表現についてだろう、と。

「俺はアングラの劇団をつくる時、ひとり10万円ずつ持ち寄って資本金40万でスタートした。当然、金なんかないよね。その後、商業演劇で仕事するようになって、そっちは豊かだろうと思ったら、実は使い道にすごく厳しかった。そのあとロンドンで芝居をやったら、さらにシビアだったんだよ。“ニナガワ、ウエストエンドだからお金は使えないよ”というのが、あっちのプロデューサーの第一声だったんだから(笑)」

大げさな話かと思ったら、「シビア」という表現がぴったりの徹底した倹約ぶりだった。

「ボール紙1枚買うのにもプロデューサーの許可が要ったの。ボール紙を人型に切ったものがたくさん必要になって、見込みで100枚欲しいと言ったら“何にどう使うの?本当に100枚必要なの?見込みじゃだめ”って。たかが、と言ったら悪いけど、特別なものじゃない、普通のボール紙だよ?一事が万事その調子で、経費という点ではすごく大変だった。やっぱりロンドンで『夏の夜の夢』をやった時は、舞台下手(しもて)の入口にアーチ型の穴をつくりたくなって、ベニヤ板1枚切っていいかって聞いたら、地方に出張に行ってたプロデューサーが帰ってきて言うんだよ。“ニナガワ、だったら小さいべニヤの切れ端を3枚合わせればできるでしょ。新しいベニヤを買う必要はないよね”って。やってみたら確かにできたんだけど、さすがにそれには驚いたね。稽古場で使った物は本番でも必ず使ってほしいとも言われたし、徹底してるんだ。1円も無駄にできないってことが本当に骨身に染みた」

楽に作品がつくれる場所などどこにもない。でもそれはおそらく、蜷川自身が無意識のうちに予感していたことだろう。なぜなら、楽をしたくて演劇を選んだはずなどないのだから。大切なのは、そうした体験を通して、自分にとって1番大切なもの、絶対に捨てられないものを確認するという作業だ。だから蜷川は言う。

「最終的にどう腹をくくってるかってことだよね。それで言うと、一坪の土地と一人の俳優と俺がいりゃ、芝居ができると思ってる。それはもうはっきり決めてるの。仕事の依頼が来なくなって、使わせてくれる劇場がなくなっても、まぁいいんだ」

さいたまネクスト・シアターについて聞いた時(前回インタビュー)、「表面的なものを全部取っ払って残った自分がどの程度の表現力を持ってるか、そのことを問う作業をしない人とは共同作業はできない」と語った蜷川だったが、自身に対してもその問いを持ち続けているのだ。

「そう考えるようになったきっかけ?社会的にはそれなりに売れていたんだけど、自分ではダメだなと思った時期があったんだよ。“いい仕事、来ねぇな”って、ちょっと腐ってて。これじゃダメだって、自分のお金でベニサン・ピットを借りて『夏の夜の夢』を自主上演したの(94年)。マネージャーが足してくれた分と合わせて400万円でね。その時の演出が、竜安寺の石庭を引用した美術だったりして、後々世界に出ていくきっかけになるんだけどさ。かつらが買えないから、黒いビニール袋を割いて自分達でかつらをつくったり。その時に“あ、これだ、何もいらないんだ。一坪の土地があって一人のいい俳優がいてくれれば、何だってできるんだな”と思えた。そう思って腹をくくったら恐れるものはなくなった。……そりゃ、使える時は製作費を使うけどさ(笑)」

お客さんを呼ぶためには3つの要素を押さえる

 
一坪の土地と一人の俳優。その言葉をたどっていくと、おびただしい数の仕事は、いつか来るかもしれない、自分と1対1で芝居をつくってくれる相手を探す過程なのかもしれない。

「そうそう。運命の恋人を探すみたいに。たとえば僕が社会的に何もかも失ってもだよ、それでも一緒に芝居をつくってくれる人、“あいつと何かやってあげよう”と思ってくれる人がいるといいなって思うよね。だから、僕は結構マメなんだ。(自分が演出した舞台を観に)俳優さんが来る日は、なるべく劇場に行って挨拶するようにしてる。でも長い休憩時間より、短い休憩時間に顔を合わせたほうが、向こうも気を使わないで済むかな、とか考えてさ。そうやって出てもらえる人を探して、普段からコミュニケーションしてるんだ。“出てほしい”と思う人には、ロケバスやスタジオに押しかけたり撮影所で口説いたり、とどめは“早く出ないと、俺、死んじゃうよ!”(笑)。実際の恋愛だと口説けなかったんだけど、これは頑張れるんだよなぁ」

相手を気遣うこと、恥ずかしがり屋であることに関しては人後に落ちない蜷川が、あえてそんな行動を取るのは、究極のパートナー探しであると同時に、劇場により多くの人を集めるためでもある。

「俳優を見たくて舞台に足を運ぶ人はたくさんいるでしょ。それは当然、演劇の大事な要素だから。理念ばっかり語っても──作品に理念を持つことが悪いとは全然思わないし、僕自身がそっちに行きがちだけど──、お客さんに観てもらわないことには演劇は始まらない。たとえば(自分が芸術監督を務めている)彩の国さいたま芸術劇場なんて都心から離れているわけで、相当の発信力がないとお客さんには来てもらえないんだよね。だから男優に女性役やらせて(彩の国さいたま芸術劇場のオールメール・シリーズ。シェイクスピア劇をすべて男優で上演する)、気持ちとしては呼び込み口上みたいなものですよ。“はい、難しいことはいいません、芸能です、どうぞ来てください”って。イメージとしては、映画『天井桟敷』の見せ物通りみたいなワイワイした感じ。でも大勢の人に観てもらおうと思ったらそれくらいしなくちゃ。俳優、演出、ドラマ全体、それぞれが見たい人がいるんだから、それぞれにアプローチできるものにしなくちゃいけないとはいつも考えてる。チラシのデザインだってそのひとつだよね。つまり演劇が持ってるいろんな要素の中の、せめて3つぐらいは話題になるものを打ち出していかないとお客さんは足を運んでくれないよね」

さて、そうした演劇を観たくなる要素のひとつに、演出家と劇作家の組み合わせが生む化学反応がある。この5、6年、初めての劇作家と組む機会が増えている蜷川だが、岩松了、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、青木豪に続き、遂に今年は30代の松井周の戯曲を演出することに。平均年齢71歳の演劇集団、さいたまゴールド・シアターの9月公演だ。

「俺、本当は人見知りだしさ、すごく怖いんだよ、新しく出会う劇作家の言葉をちゃんと演出できるかどうか。でも(若い世代の劇作家と組むと)自分が勉強するかなと思って。歯が立たないような世界が描かれていたり、わからないせりふがあったりすると、今までの自分を疑わなきゃいけないでしょう。そうしたら、どうしたって自分が勉強するだろうと。勉強して、観た人から“蜷川さん、今度のいいね”って言われたいんだ、単純に。それと、せいぜい130度ぐらいで、180度は無理かもしれないけど(笑)、ある程度開かれた年寄りもいるんだってことを伝えたいからね」

やはりこの人は、未来に向けての大きな希望だ。

取材:徳永京子 撮影:平田光二

<蜷川幸雄’sルーツ>
劇団青俳時代。留年や受験失敗でコンプレックスだらけ、それを隠そうとしてとがってた俺を、先輩たちがおもしろがってくれたんだ。

※劇団青俳[1952-1979]
岡田英次、織本順吉、金子信雄、木村功、本田延三郎らが「青年俳優クラブ」として設立(54年改名)。昭和の舞台・映画・放送界を代表する数多くの才能を輩出した。おもな出身者は、西村晃、小松方正、蟹江敬三、石橋蓮司、宮本信子、斉藤晴彦、本田博太郎、三田村邦彦など。79年解散。

◆蜷川幸雄(にながわ・ゆきお)プロフィール
彩の国さいたま芸術劇場芸術監督。1955年に劇団青俳に入団、67年には劇団現代人劇場を創立。69年『真情あふるる軽薄さ』で演出家デビューを果たして以来、多数の作品を手掛ける。近年の主な作品は『ムサシ』『コースト・オブ・ユートピア』『血は立ったまま眠っている』『ヘンリー六世』等。

 

<公演情報>
彩の国ファミリーシアター 音楽劇『ガラスの仮面~二人のヘレン~』
日程:2010年8月11日(水)~27日(金)
劇場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
原作:美内すずえ
脚本:青木 豪
演出:蜷川幸雄
音楽:寺嶋民哉
出演:大和田美帆 奥村佳恵・ 夏木マリ 他

 
※当記事は、厳選シアター情報誌「Choice! vol.13」2010年5-6月号に掲載されたものです

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