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『地域のシテン』第5回 住友文彦×大平勝弘

14.05/28


制作手帖×ON-PAM地域協働委員会 リレーインタビュー「地域のシテン」第5回
ゲスト:住友文彦(アーツ前橋館長/写真左)
聞き手:大平勝弘(STスポット・ON-PAM地域協働委員会/写真右)

制作手帖とON-PAM地域協働委員会がコラボレーションして不定期でお贈りしているインタビューシリーズ『地域のシテン』。全国各地域で活動する舞台制作者が自ら聞き手となり、注目すべき「地域のキーパーソン」のシテン(視点、支点、始点)に迫ります。今回は、横浜・STスポット館長の大平勝弘さんが、全国各地で様々なアートプロジェクトを展開してきたキュレーターで、昨秋オープンした「アーツ前橋」の館長を務める住友文彦さんのもとを訪ねました。

東京から電車で2時間弱、JR前橋駅から徒歩10分の市街地に、昨年10月オープンした市立美術館がある。「アーツ前橋」、名前やその建物は一般的に想像する市立美術館とは少し異なり、けっして大きくない空間に「広がり」と「繋がり」を意識させる工夫を感じる。
「創造的であること」「みんなで共有すること」「対話的であること」をそのコンセプトとし、新しい美術館のありかたを提案しているアーツ前橋の住友文彦館長にお話を伺った。


開館までのプロセス〜イメージを共有する。

――アーツ前橋は昨年3月にプレオープンし、10月にグランドオープン、そして今年の1月に開館記念シンポジウムを開催されました。このシンポジウムには僕も寄らせていただいたのですが、同時に開催していた展覧会を見てからシンポジウムの会場にオンタイムで行ったら、なんと入れない(笑)。こんなにも人が集まってるって、すごいなこれは、と。まずはアーツ前橋の開館までの流れについてお聞かせください。

住友:これまでの活動の記録集を持ってきましょうか。
(と、資料2冊「前橋市における美術館構想 プレイベントの記録『2010.10〜2012.3』『2012.3〜2013.3』」をご用意いただく)。
編集自体は地元の福西さんという、大学院で勉強していて今フリーで活動している方が担当しているんですよ。僕らの目線で記録をつくるというよりも、市民参加的な試みで、地域の人の目線で作ってもらうというのがいいかな、と。

――開館前にもう、本が2冊できているというのがすごいですよね。

住友:アーカイブ的な意味合いもありますし、「プレ」っていうのは活動が伝わりづらく、みんなわからないんですよね、だからいろんなかたちで伝える必要があって。こういうツールがあると僕らも重宝します。施設オープンのタイミングでこれまでを振り返ってアーカイブ資料を作るのと、準備しながら作るのとは全然違いますし。オープンのタイミングで振り返ると完成したものを基準にしてしまいますが、準備の時にはいろんな可能性や選択肢があったと思うんです。
準備段階では、まずは基本構想計画を作ります。僕は計画が最終決定する前、2010年7月に学芸員として関わりました。その秋、10月からプレ事業を始めたんですね。それと同時に建築デザインの全国公募をして、最終的に水谷(俊博)(※1)さんが選ばれたんです。そして企画進行途中の2011年3月に東日本大震災があり、設計にいろんな影響があった。それは資材の調達ということだけではなくて、例えばエネルギーのこととか、アーティストといっしょに震災の記憶を残すというコミッションワークを作ったこととか、そういう影響があったりしましたね。
あと、準備の時に役所の中に「準備室」を置いたんですが、その活動拠点として街なかにもスペースを持ちました。市がもともと持っている場所を簡単に改装して、僕たちもそこになるべくいるようにして。他にもいろんなイベントを開催したり…、というのが最初の年。
でも、2010年度の2月に市長が変わったんですね。施設反対派の市長が当選し、それを受けて地元の人たちを中心とした「芸術文化施設検討委員会」が設置されました。そして改めて会館運営について検討した結果、2011年7月に「PRの方法や市民参加の仕組みなど具体化した方がいいが、基本的には今までの計画でいいんじゃないか」ということになりました。

――「前橋文化推進会議」は、委員会解散後に立ち上がったんですね。

住友:委員会を受けて、開館までちょうど1年後の2012年10月、「1年間、市民がいっしょに開館を準備して、PRもしましょう」と、前橋文化推進会議ができあがりました。12月には施設の工事が終わったので、内覧会というかたちで空っぽの状態でたくさんの人に館内に入ってもらいました。2013年の3月には内覧イベント「WALKあるくことからはじまること」という、館内でダンスや演劇、音楽を行うというイベントを開催したり。同時に他のプレイベントも行いましたね。例えば「ダンスで時計」はニブロールの矢内原美邦さんに作ってもらったものです。

――開館記念展「カゼイロノハナ」を見たときは、この展覧会にあわせて、数ヶ月ですべてが作られたという印象を持ったのですが、そうではなくて、ずいぶん前から準備されていたんですね。

住友:そうですね。むしろ開館記念展とは関係ないものの方が多いです。でも、いろんなかたちで結びつくんです。例えば照屋勇賢(※2)さんに2011年に前橋で滞在制作してもらった作品は、開館記念展で展示した作品の制作にも繋がっています。
さらに、アーツ前橋の3つのコンセプト「創造的であること/みんなで共有すること/対話的であること」は、開館の半年前に推進会議のメンバーと僕とで決めました。コンセプトを早い段階でアピールできたのも有効だったと思いますね。

――推進会議は、アーツ前橋のオープンと同時に解散したわけですが、推進会議の方から「これはやってください」「これは引き継いでください」という要望はありましたか。

住友:たくさんあります。でも「やりなさい」と命令される関係ではないですよね、いっしょに話しているわけですから。「こういうのがあったらいいよね」という声を聞いて、僕らはパートナーとしてそれをどう優先順位をつけて実施するかを考えます。

――地域の窓口?

住友:そういう意識はあったと思いますね。

――やっぱり一般的な「市立美術館」が立ち上がっていくプロセスとはずいぶん違うイメージです。市民へのアプローチが違うというか。例えば、市直営の美術館でよくあるのが、ホームページが市役所のホームページの一部になっていて、情報がまったくなかったり(苦笑)。アーツ前橋は、すごく開かれた立ち上がり方をしたように思います。

住友:その辺の事情は個々の自治体で違うのかもしれませんけど。僕としては普通に当たり前のことをして(笑)、

――(笑)

住友:市役所の人も、その辺はよく理解してくれて、ありがたいなと思いますね。


ここでは、館長=アーティスティック・ディレクター

――アーツ前橋には周辺地域への影響力がかなりあると思うんです、「今、こういう動きがある」と伝えて行くような。建物のイメージもそうですし、美術館の中だけではおさまらない活動をどんどん展開していて、それが地域の人と良い関係を ——良い関係だけじゃないかもしれないですけど—— をつくりつつある。

住友:僕は、例えば行政の人たちが「美術館単独のホームページをつくらない」と考える時って、「自分たちのコントロールの下に置きたい、管理したい」という意識があると思うんですよね。でも管理の下に置いてしまうことの問題はふたつあって、ひとつはごくごく基本的なことですが、文化振興の妨げになるということ。もうひとつは「餅は餅屋」というような、それぞれの得意分野が活かせなくなってしまうこと。行政の人たちと僕たちでは専門が違うわけですから、分担をはっきりさせることが必要だと思うんです。行政には、危機管理など行政にしかできないものを担当してもらう。一方、僕は「館長」ですが、基本的にはアーティスティック・ディレクター(AD)だと思っています。ADとして「芸術を振興させたい、芸術は必要なんだ」ということを行政側に理解してもらい、何においても何に対しても芸術は優先すべきであると考えてもらわなければならない。でも、行政の人たちは、目指すべき美術館モデルのイメージができないこともある。だからその部分に関しては僕たちに任せてもらう。…そういうことかなと思います。

――市側からはっきりとNGがでるラインは比較的事前に見えていますか。

住友:やってみないとわからないことは結構多いし、あとは自分の経験則です。…「予算5倍にしてくれ」とか、NGかな(笑)。

――去年は開館の年でしたが、予算的には潤沢とは言わないまでもまとまったお金がついて——?

住友:少ないと思いますよ、他の館の開館の年の予算に比べたら、全然。同じ平米規模の美術館と比較したら、3分の1とかそれくらいじゃないですかね。

――今後はある程度決まった金額が事業費として支出されるようになるのでしょうか。

住友:指定管理者で5年、10年が確約されているのであればその期間は保障されますが、アーツ前橋は単年度管理なので毎年審議されることになりますね。

――市から「もっと他からお金を集めてください」とか「企業からお金を調達してきなさい」とか言われたりは——?

住友:言われませんが、外からの資金はかなり入れていますよ、例えば文化庁からの助成金とか。むしろ現在は市の負担の方が少ないぐらいです。その助成金がもらえなくなったときに、市はちゃんと払えますか、という交渉をしているところです。

――住友さんがプランニングをして市に提案しているんですか。

住友:さっき言ったように、どういう美術館のモデルが良いか、そのイメージが僕にはあるので、それを行政に見せることが先だと思うんですよね。行政の想像力ではできない部分を僕が先に見せる。ただ、多少無理があるんですね、外のお金を獲得していくというのは。スタッフに関しても、オープンの時にはかなり無理をさせてしまう。…大変ですよね。でもそれをずっと続けるわけじゃなく、「こういうかたちでやれたらいいよね」という理想をまず見せる。そのあと持続するための仕組みに落とすという次のフェーズがあります。やっぱりそこが一番難しいところだと思う。今やっていることは、まだ第一段階だと思うんですよね。


場所と人〜ある資源の活用と体験の創造

――アーツ前橋は市街地にありますが、ここにはどのくらいの人がいるのでしょうか。平日や、休日、昼と夜の違いもあると思いますが。

住友:前橋にはもともと中心市街地の空洞化っていう問題があって。ここも以前は百貨店が建っていました。その他にも前橋にあった百貨店はスズランという地元の百貨店以外は全部撤退しているような状態。つまり人が少ないから撤退している、ということです。
中心市街地と言われているこの辺りは、70年代80年代が一番店が多かった。そして「郊外型ショッピングモール」がたくさんできて、どんどんどんどん衰退してしまったんです。大学も郊外ですし、人がほとんどいなくなって。でもアーツ前橋ができて、街に人が20%くらい増えたという調査結果もあって、商店街の人たちには本当に喜んでもらってます。アーツ前橋のまわりでは、オープン前後で10軒くらいは新しいお店ができたんじゃないかな。そういうところは街の人たちが一番実感してくれるところなので、人の回遊性に効果があるかなと思ってますね。

――内覧イベント「WALKあるくことからはじまること」では群馬出身のダンサーである山賀ざくろさんが総合演出を務めるパフォーマンスを行いました。そのパフォーマンスでは、例えば一部のパフォーマーは館外で演奏し、観客は館内で見るという仕掛けがあり、外と中の境界線をなるべく緩やかにするという工夫があったと思うんです。「観客」とパフォーマーとが、いわゆる「見るー見られる」という関係ではなく、「誰もが演者であり観客である」という、アーツ前橋のコンセプトを感じました。

(2013年3月内覧イベント「WALKあるくことからはじまること」より)

住友:舞台も観客席もないギャラリー空間をどう使うか、ということを考えて、ここでしかやれないことをしないと意味ないよねって話して。山賀さんの他に、小出(和彦)さんという演出家の方がいて、山賀さんと小出さんの二人がたくさんの話し合いを重ねながら「なんか無理難題を言われてるけど、どうしたらいいんだろう」みたいなこと(笑)を考えてくれました。

――出演している子どもたちも、観客の中に入って自由に動いて観客に絡んでいく。そして観客は見ているつもりが実はいっしょに空間を演出している人になっていく。「自由」な空間の中でみんなが発信者となる、という演出もおもしろかったです。

(2013年3月内覧イベント「WALKあるくことからはじまること」より)

住友:アンケートを見ると、観客は戸惑っていたみたいですけどね(笑)。抵抗感に繋がっている人ももしかしたらいるかもしれない。でも「いつもと違う体験ができた」という声もありました。「なんだろう、この施設。何をやろうとしてるんだろう?」っていう“さざ波”があったと思うんです、この内覧イベントには。

――戸惑いは、「何か新しいことを始めようとしている」という期待感にも繋がることだと思います。

住友:そのさじ加減が難しい…。例えば「海外の最先端のものを持ってきます」というだけではついていけないこともあるだろうし。逆にそういうショック療法もあると思いますけどね。その辺はあまり気にしないでやっちゃうというのも意外と重要かもしれない、とか。…いろいろ悩みますけどね(笑)。

――開館記念展のコミッションワークで、すごく気になったことがあって。アーティストに依頼する時、どの程度アーティストに「地域」を意識させたのでしょうか。アーツ前橋のホームページには、目的のひとつに「アートの創造力によって地域に貢献できる作品の収集」というのがありますが、地域に貢献させるために作品を作らせるのか、作品が結果、地域に貢献するのだと考えるのか―—?。僕も横浜市から委託を受けたSTスポットという施設を運営しているんですが、市にとってはやっぱり何かしら直接的に地域に還元してほしいという要望が強くあります。ただアーティストの表現はプライベートなもので、パブリックなものに直接還元できるとは思えないというか…。なかなか繋がらない部分があると思うんです。

住友:基本的に良い作品だったら地域の文化振興に貢献しないものはないと思っています。作家も作品を制作する上で、その作品が一時的な展覧会でなくて、ひとつの地域に長期間、常に見られる場所に置かれる場合は、その地域との関わりを持ちたいと思うんですよ。
コミッションワークは作品によって全然アプローチが違います。開館記念コミッションワークのひとつ、美術家の廣瀬智央(※3)さんの「空のプロジェクト」は、地元の母子家庭の支援施設の子どもたちと一緒に行ったので、地域の特性を活かしながら地域でがっつりと。
一方、山極満博(※4)さんは、前橋工科大の建築の学生と話し合ったりワークショップを行ったりしたんですが、学生と話し合った結果、それが作品にどう反映されたかということは重要ではなくて。山極さんはどういう場所に何を置くかという空間の把握の仕方が独特なので、彼のような見方を学生たちに知ってもらおう、という関わり方だったんです。
他にもいろんなアーティストに声をかけたものの、実現できなかったものもあります。


アーティストを育成する?

――今後、アーツ前橋では美術家、アーティストの方たちとどういう関係をつくっていくのでしょうか。また、前橋でアーティストを育成するためのプログラムをつくっていこうという気持ちはありますか。

住友:「アーティスト育成」っていうのは考えていないですね。

――舞台の方はしきりに育成、育成って言われるんですよ、次世代の。——今、舞台では、「育成」については、例えば滞在費だとか、1日にかかるお金が少ない場所で時間をかけてものを作って、そして作ったものを地方や都市部で発表する、という「レジデンス」のイメージを持ちつつあるという感じがあります。

住友:例えばSTスポットもそうなの?

――STスポットもそうですし、各地でレジデンススペースが建てられています。

住友:レジデンスも「育成」というもののひとつという考えであれば、レジデンス計画はあります。そういう意味では、制作環境の支援は行う予定ですね。ただ、アーティストは勝手に育つだろうとも。

――私も活動の環境をつくる事はできても、アーティストは「育成」されるものではないと思ってるんです。「勝手に育つ」というような。でも行政から要請がくるわけですよね、次世代を育成してほしい、とか。

住友:レジデンスや若手の展覧会など、そういうものの中に「次世代の育成」を含める、という感じでもいいかもしれないですよね。


トライ&エラー〜自分のなかに評価を持って次に活かす。

――「朝日ぐんま」のインタビューで「トライ&エラー」を大切にしたいとおっしゃっていました。でも、エラーって意外と難しいというか。エラーは誰がどう判断するんだろうって。

住友: 「地域アートプロジェクト」など館外へ出ていくプロジェクトは、地域の人と関わっていこうと思ってもできないことってたくさんあるじゃないですか。だから何もやらないより「トライ&エラー」が重要だと思うんです。例えば、結果的に地域の人の理解が得られなかった場合、「やめる」とか「来年にしよう」という判断をするとか。「お金をもらっていて、やらなきゃいけないからやる」っていう考えはやめた方がいい。
評価については、アーツ前橋では運営評議会というのを置いて、専門家と地元の経営者や大学の先生、また美術の分野ではない人から意見をもらう場があるので、僕の中ではそこをひとつの目安にしています。けれど、その人たちもやっぱり「評価って難しいよね」と思っているので、今のところ細かい数値的な評価ではなく、「とにかくいいことをやっている」という意識で関わってもらっているような気がするんですよね。それは僕がそうお願いしたわけじゃなくて、他の劇場や美術館を参考に「評価とはどうあるべきか」というのを考えた時に、最初から「自己評価」のようなものをつくってきちんとカチっとした仕組みを作っちゃうのはやめた方がいいんじゃないかという意見があったんです。
今のところは「トライ&エラー」というか、様子見をしている。前橋文化推進会議が発足してまだ1年と4ヶ月しかたってないですからね。ただ、専門的に僕が目指すものというのは持っていっているので、それに対して何がうまくいったのか・いかなかったのかというのは、自分の評価として次に活かすことが、今のところ重要なのかなと思います。

――市民の方から直接「もっとこうしてほしい」などの要望は。

住友:もちろんたくさんあります。その声が僕のところに集まってくる仕組みはたくさんあるし、それに対し、市の担当者とやりとりというのはしょっちゅうあります。

――今のところ、大きな失敗は無い感じですか。

住友:いや〜(笑)、「失敗」っていうのはわからないですね。でも「とりこぼし」はありますよね。「本当はこういうのがやりたいけどできていない」とか。それが結果的に館の運営に何か支障をきたすようなことになれば、失敗なのかもしれないですけど、まだグランドオープンから半年たってないですからね。その「とりこぼし」がどういう影響をもつかに関しても、1、2年かかっちゃうと思いますけどね。

――館長としての期限は決まってはいないんですか?

住友:それはないですね。

――3年とか5年とかの縛りにはしなかったんですね。

住友:いろんな選択肢は僕の方で考えましたけどね。…それも「とりこぼし」、ですかね。雇用に関しては、単年度管理という行政の枠の中でしか動いてないですね。

――でも2、3年後のことを考えて動くわけですよね。

住友:もちろん。運営評議会にも3年分の計画を説明しています。単年度の縛りで仕事はしていないですけど、どういう形がいいのか、何年契約がいいのか、そういうのも含めて作らなきゃいけないなと思いますね。人事とか雇用の問題は大きいですよね。

――今後の課題ですね。「開かれた市立美術館」としてのアーツ前橋の活動に今後も注目していきたいと思います。

(撮影:Next編集部)


【注釈】
※1 水谷俊博(みずたに・としひろ)
1970年、神戸市生まれ。建築家・武蔵野大学准教授。株式会社佐藤総合計画を経て、2004年水谷俊博建築設計事務所設立。東京デザイナーズウィーク2010学校賞GRAND AWARD賞 受賞 (2010) 、住まいの環境デザインアワード特別賞(2011)など。建築設計の他、武蔵野市、西東京市、東京都豊島区などでまちづくりワークショップ・プロジェクトを手がける。

※2 照屋勇賢(てるや・ゆうけん)
1973年、沖縄生まれ。ファーストフードや高級ブランドの紙袋を細かく切り刻んで樹木の形を作り 出す作品や、沖縄の伝統工芸である紅型でよく見ると戦闘機や色鮮やかな鳥が描かれている着物の作品など、社会性の高いメッセージを込める表現で知られている。2011年には前橋市の招聘でアーティスト・イン・レジデンス事業に参加した。

※3 廣瀬智央(ひろせ・さとし)
1963年東京生まれ。私たちの身近にある素材を使って、見ることだけではなく、匂うこと、食 べること、触ること、といった諸感覚に訴えかける作品や、異なる民族や文化間に潜む共通 領域や差異、日常生活の小さな事象や豊かさに触れる作品を発表している。ミラノと東京を 拠点に活動を行う。

※4 山極満博(やまぎわ・みつひろ)
1969年長野生まれ。自分と世界のあいだに横たわる距離や見る/見られることにめぐって様々なメディアを使った作品を発表している。十和田市現代美術館に複数の作品が恒久設置されている。


■ 住友文彦(すみとも・ふみひこ)
1971年生まれ。アーツ前橋館長。あいちトリエンナーレ2013、メディア・シティ・ソウル2010(ソウル市美術館)の共同キュレーター。NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ(AIT)創立メンバー。展覧会=「Possible Futures:アート&テクノロジー過去と未来」展(ICC、東京、2005)、「川俣正[通路]」(東京都現代美術館、東京、2008)、ヨコハマ国際映像祭2009ほか。

■ 大平勝弘(おおひら・かつひろ)
1971年生まれ。STスポット館長。大学助手、専門学校講師を経て、2006年より「STスポット」勤務、「急な坂スタジオ」立ち上げに参画。2008年よりSTスポット館長。コンテンポラリーダンスを中心に公演企画、及び若手アーティストの育成、観客創造のためのワークショップ構築に従事。また近年はA.I.R.などの国際交流事業も手がける。


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