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「最強の一人芝居フェス“INDEPENDENT”2nd Season Selection/JAPAN TOUR」プロデューサー・相内唯史(インディペンデントシアター)前篇

11.11/01

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大阪発の一人芝居フェスティバル『INDEPENDENT』は今夏、発足10周年を記念して初めての全国ツアーを敢行した。最終地・沖縄で遭遇した未曽有のアクシデント*1と対峙する姿がネット上を駆け巡り、期せずして全国から注目されることになったプロデューサー・相内唯史に、構想5年、全国7都市に及んだプロジェクトの総括をお願いした。

「一人芝居の集合体」という特殊な座組を率いて

――ツアー最終地となった沖縄では、とてもドラマチックな体験をされましたね?

そうですね、まあ、何事も無く普通にやれていれば、もちろんそれが一番ベストだったんですけど(笑)、このタイミングでこういった経験ができたことは大きいなって気がします。

――沖縄で起こったことも是非お聞きしたいんですが、せっかくなのでツアー全体を総括していただけますか?

「最強の一人芝居フェス“INDEPENDENT”」は、毎年11月の末にインディペンデントシアターで開催していて、昨年10周年を迎えたので、これまでを総括する形で11年目の今年、全国ツアーを行いました。正確にはシーズンごとのツアーになるので、2ndシーズン[06年~10年]のセレクションツアーということになります(※1stシーズン[01年~05年]のセレクションツアーは06年に大阪、東京の2都市で開催)。

――今回のツアーのコンセプトはどういったものだったのでしょうか?

基本的には毎年行なっているレギュラーシーズンのコンセプトをそのまま継承しています。それは、一人芝居というものをお客さんに楽しんでもらうのはもちろん、自分も挑戦してみようっていう創り手の人たちとどんどん出会いたいっていうか、発掘したいということです。一人芝居って割りとワンパターンに見られがちというか、面白くて質が高い一人芝居の作品といって名前が上がるものは、どうしても限られてくる。そんな中で、実は一人芝居にはもっとこんな新しいやり方だとか、こんな表現の仕方だとか、あるいはこれはちょっと反則技に近いんじゃないか、というやり方までいろんなバリエーションがあるんだってことをできるだけたくさんの人に伝えたいんです。

――全国ツアーの準備はどれぐらい前から始めたんでしょうか?

前回のツアー(06年)が終わった時点で2ndシーズンのセレクションをやる時には少なくとも大阪と東京以外の地域でもやりたい、ということと、レギュラーシーズンに参加してくれる俳優や作家・演出家にしても、もっといろんな地域から大阪にやってくるような状況を作りたい、ということは決めていました。だから、その年のレギュラーシーズンから少しずつ地域の制作者や創り手たちとの繋がりを持ちながら準備を進めていきました。でもそれは、「一人芝居フェス」のためだけということでもなくて、このフェス自体が文字通り劇場の看板企画と捉えていて、劇場自体の動きと連動しているんです。それは、大阪という場所にいろいろな地域の創り手たちがやってくることで大阪の創り手たちに刺激を与えたいし、逆に大阪の創り手たちがそうやって受けた刺激を他の地方に発信するようになって欲しい、というもので、そういう劇場の方針とリンクするような形で、まさにこのフェス自体が地域と繋がり、交流していくためのひとつのきっかけになっているんですね。だから、今回のツアーに直接関係していない動きでも、他地域の劇団と出会ったり繋がったりする中で5年間ずっと準備を進めてきたようなものです。まあ、具体的な計画とか準備期間という意味では、この2~3年くらいでしょうか。

――「一人芝居の集合体」という特殊な座組で、さらに各地域でもクリエーションを行なっていくというのは非常に難しいプロジェクトだったと思うんですが、プロデューサーとして特に苦労されたことは?

それが、本当に自分は恵まれているな、と思ってるんですが、実はそんなに大きなトラブルもなくて、いろいろと懸念していたこともあったんですが、寧ろ上手く行き過ぎちゃって逆に不安になってしまうぐらいだったんですよね(笑)。というのも、レギュラーシーズンだと当然自分のつくる作品が一番だと思ってるクリエーターが集まってくるので、いつもわりとピリピリしたムードがあるんですね。そのこと自体、僕は結構なことだと考えているのですが、一方でピリピリしたムードのまま全国を回るのはやっぱり厳しいな、とも思っていました。ところが今回は、多分集まったメンバーのそれぞれのパーソナリティーに拠るところも大きいと思うんですが、10作品のメンバーみんながほんっとに仲良くなっちゃって、「このメンバーで一本芝居を作りたいよね」くらいの感じで意気投合してしまったんですね(笑)。これがレギュラーシーズンと一番違うところでしたし、1stシーズンのセレクションの時ともまたちょっと違うなと思いました。何が影響しているのかな、といろいろ考えたんですけど、多分個々がつくる作品の質が高くなったことなんじゃないかと思います。お互いにリスペクトし合えるだけの作品をちゃんとつくってる、っていう。もちろん考え方やつくり方の違いで相容れない部分もあると思うんですけど、お互いの作品を認め合える関係で10組が並び立ったっていうことが大きく関係していると思います。(ツアースタート地の)大阪公演の時から、順番に登場していく各出演者が、その日のアンカーが一番いいフィニッシュを飾れるように、次の出演者にバトンを渡していくぞ、みたいな空気になっていて、それを感じ取ったお客さんがどんどん盛り上がっていく、というような感じでした。大阪はホームだし、ここだけのことかなと思ったんですけど、それが次の地域、そのまた次の地域にっていうように繋がって行ったんです。2箇所目の東京までは10作品全てを持っていくんですが、そこから先の地域ではそこから4作品が選抜されて、そこに各地域の作品が加わって全部で6作品というプログラムになるのでメンバーも変わっていくんですが、「この仙台のバトンを今度は福岡に持って行ってください」みたいな感じで次のメンバーに託していくんです。そういう空気は意識的に作ろうとした訳じゃなくて、すごく自然につくり手たちの中から生まれてきたものでした。それまでの10組がもの凄く仲が良かったので、東京公演の終わりにはこれから加わるメンバーとの間に妙な温度差が生じるんじゃないかと危惧していたんですが、実際には地域のメンバーも次々と巻き込んでいくような感じでした。そういう空気を作れる素晴らしいメンバーと一緒にツアーを回れたことはすごく幸せでしたね。苦労というよりも寧ろ、喜びの方が大きかったです。だからこそ、沖縄で「そのバトンを落とすわけにはいかない」っていう思いも強かったんですが。

――その空気を維持していくために意識していたことはありますか?

特別なことはあまり考えていませんでした。普段からそうなんですけど、わりと作品に対してとか、その日の出来に関してはもちろん思うことはあるんですけど、基本的には俳優と演出家との間で話してもらって、僕は直接的にそういう話をしないようにしていて。あくまでも聞かれれば答える、というスタンスで、作品とは一定のラインを引くようにはしています。その代わり、コミュニケーションはもの凄くとるように心掛けていますね。楽屋から送り出すとか、終わって客席に戻ってきた後の──特殊な形態なのでみんな自分の出番(作品)が終わると客席で観ていたりするので──コミュニケーションは、普段よりも意識していたかもしれないですね。出演者の誰もが、初めて行く地域だったり、客席の雰囲気がまるでわからない状況だったりで、どういう風に受け入れてもらえるのか不安を抱えている状態でしたから、誰よりも先にその場所の空気を感じ取ることが出来る僕が、なるべく上手に俳優たちとコミュニケーションをとらなければならないと思っていました。

 

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