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『静岡から社会と芸術について考える合宿ワークショップ―Think globally Act locally 世界と芸術と足元と―』レポート

13.05/14

2012年10月6日(土)~8日(月)、SPAC(静岡県舞台芸術センター)主催、演劇制作平松インターン義塾A-loop、Uzmi’n.Labo.の共催で「静岡から社会と芸術について考える合宿ワークショップ」が開催されました。主会場となった日本平にある舞台芸術公園に2泊3日の間集まったのは、23名の参加者たち(1日目のみの参加者がこれに加え16名)。
彼らのプロフィールを見ると、静岡のみならず、東京、愛知、宮城、新潟など様々な地域からの参加で、年齢もバラバラ、さらに、カンパニー制作者、公共劇場スタッフ、俳優、自治体職員、学生など、職業も全く異なるメンバーです。共通点はただ一つ、今回のプログラムに関心を持っているという点だけです。

近年、日本の舞台芸術の分野では、公立のみならず民間の劇場や劇団でも「芸術の公共性」と呼ばれるカテゴリーとの向き合い方が問われるようになってきました。これは先達のアーティストや制作者が、自身の活動が社会にとってどのような良い影響を与えることができたかを地道に説明することで、助成金を始めとする芸術の公的支援制度の整備・充実を進めてきた成果といえるでしょう。
しかし今、私たち舞台芸術に携わる者が語る「公共性」とは、そもそも何なのでしょうか?その答えは人それぞれに違うものでもあり、場合によっては明確にもなっていないため、当事者であるはずの舞台業界の中でも、ほんの一部の人しか十分な議論を行えずにいるという問題も、抱えています。筆者もまた、自分自身の考えをクリアにする目的でこのWSに参加したのですが、その手法に触れるうち、上記の問題を解決できるきっかけとなるのではないかと思うようになりました。
さまざまな問題に対する対話のヒントとして、このWSのことを紹介していきたいと思います。

【3日間のプログラム】
2泊3日(遠方の人は舞台芸術公園に宿泊)で行われた合宿は、様々なパートに構成されています。

■1日目■ 舞台芸術公園にてプログラムスタート。
・SPACの活動紹介 -貸館を行わない、100%主催事業での劇場運営
-国際演劇祭「ふじのくに⇄せかい演劇祭」の実施
-中高生鑑賞事業の実施
・舞台芸術公園内の施設見学
・SPAC『夜叉ヶ池』観劇(静岡芸術劇場)
・『夜叉ヶ池』バックステージツアー(静岡芸術劇場)
・WS1 芸術について考える
・WS2 公共について考える1.0
■2日目■
・WS3 公共について考える2.0
・WS4 税について考える
・WS5 オープン・スペース・テクノロジー(OST)
■3日目■
・「アトリエみるめ」見学
・「アトリエみるめ」でどんなことができるかを参加者とともに考える
・参加者による全プログラムの振り返り(感想・宣言)

3日間にわたる充実した多彩なプログラムのため、詳しく紹介したい箇所も多いですが、今回は特にWS(ワークショップ)の部分に絞ってレポートしたいと思います。


WS1 芸術について考える

ファシリテーターを務めるのは、普段愛知の「劇団うりんこ/うりんこ劇場」で制作者・WSデザイナーとして活動をしている平松隆之さん。
参加者が4名ずつテーブルごとに分かれて着席すると、テーブルには模造紙と何色かのペン、1個のグラスが置かれています。

ここで始まったのは「ワールドカフェ」と呼ばれる手法のWSです。
複数のテーブルに少人数で分かれて話し合い、ある程度時間が経ったところで、メンバーは他のテーブルと入れ替わり、話をどんどん分散・発展させていく。
人々がオープンに会話を行い、自由にネットワークを築くことのできるカフェのような空間を作ることを狙いにしています。

まず参加者はテーマについて思いついたことを話しながら、それを模造紙にどんどん書いていきます。また、グラスは「トーキングオブジェクト」と呼ばれる役割を担います。「発言したい人がトーキング・オブジェクトを手に取り、発言が終わったら元の位置に戻す」というルールを付けることにより、自分の話を最後まで話し切ること、相手の話を最後までちゃんと聞くということを参加者は尊重していくことになります。今回のテーマは、直前に観たSPAC『夜叉ヶ池』の公演を題材に、『あなたが劇中に見た「幸せ」とは何ですか?』というものでした。自己紹介から始まって、観た感想を、ある人は流暢に、またある人はとつとつと、順々に話していきます。

20分が経ったら、同じメンバーでの話は一旦終了し、1名がテーブルに残り、他の3名が他のテーブルに移ります。移る人は、元のテーブルのアイディアを、他のテーブルに持っていきます。残った一人はその場で何が話されていたのかを、他のテーブルから移ってきた人たちに説明します。これが3ラウンド繰り返されます。

ファシリテーターからは「深めるコツ」として、以下の要素が挙げられました。

・沈黙を楽しもう
・言葉の裏にある気持ちを意識しよう
 相手の意図することに配慮する
・知識だけでなく体験から
・いまここで起きていることに注目しよう

最後はテーブルごとに、テーマに対する回答と話し合われた内容を発表していきました。終わってみると、模造紙は書き出された言葉で一杯です。それぞれのテーブルで違うことが発表されるのに、その内容は別のテーブルで話されていたこととリンクをしているのが感じられ、別々のグループで考えを発展させていくことの不思議さ、面白さが印象に残る導入でした。


WS2 公共について考える1.0

続けて行われたのは、翌日からのワークを意識した「プライベートと公共」について考えるWSでした。ファシリテーターは名古屋で市民活動の推進に携わっている加藤舞美さんです。
2人1組に分かれ、先ほどと同じSPAC『夜叉ヶ池』を観た感想や魅力を相手に対
してプレゼンテーションしていくのですが、それぞれに、

①仲の良い友人に話してみる場合(「私」)
②教師が学校のホームルームでクラスの生徒に話してみる場合(「共」)
③記者会見発表をする場合(「公」)

という3通りパターンで、どんな話し方をするかをイメージしながらロールプレイを行います。話し手、聞き手を交代して行った後は、感じたことをお互いでシェアします。
その後、『私』、『共』、『公』と書かれた3枚の模造紙に、一人一人が、3つの役をやってみて感じたこと、相手から聞いて印象に残ったことをキーワードとして付箋に書き出して1枚ずつ貼っていきます。
最後に参加者は、たくさんの付箋が貼られた模造紙を見ながら、思ったことを発言していきます。

(発言から抜粋)
・今のWSの状況のように初めて会う人に一番やりにくいのは『私』
・『公』でも『私』の集まりだと感じた
・『公』の中での『私』の考え方が難しい
・『私』と『公』では対象を明確にできていなかった、
 『共』ははっきりしているのでやりやすかった
・『共』のときに、『私』の内容がうまく取り入れられたら、
 魅力に感じられるのではないのだろうか
・『公』のときでも『共』の内容をうまく入れられたら同じように
 魅力に感じてもらえたりするのでは
・『共』のプレゼンテーションでは関係性の中での言葉を中心にしたが、
 『公』の部分が少しないと生徒を納得させられないかも
・それぞれ自分がこう思われているのだろうという感覚
 話しているときに目的は変わらない
 最初の距離感が違うだけで共通部分がある
 

ここで1日目のプログラムは終了。最初は緊張していたメンバーも、だいぶ心身がほぐれ、意見が自由に出てくるようになってきました。


WS3 公共について考える2.0

2日目は、平松さんがファシリテートするWSでスタートしました(福岡で演劇制作をしている濱田梨沙さんがアシスタントとして参加)。
グループに分かれて、「公共サービス」と聞いて思いつくものを書き出していきます。

(主に挙がってきたもの)
水道、消防、公園、街灯、福祉、自衛隊、教育、公共住宅、相談窓口、介護、バス、警察、鉄道、図書館、役所、ゴミ回収、街路樹、郵便、ネット・通信回線、年金、ラジオ、土地、裁判、健康保険、子育て支援、テレビ、救急車、保育、気象予報、高速道路、回覧板、国選弁護士、戸籍、生活保護、お寺、駐輪場、港湾、お祭り、ハローワーク、広報誌、刑務所、公民館、国立公園、学校、神社・・・

次に挙げられたキーワードを、感覚的に似ているもの同士に分類します。そして分類したジャンルごとに、『その公共サービスは「何のため」に提供されていると思うか?』ということをそれぞれのグループで考え、発表していきます。

・1グループ
【分類】自衛隊、消防、警察、刑務所、裁判、国選弁護士
【何のため?】A.「みんなの笑顔を守るため。」
・2グループ
【分類】)町内会、回覧板、お祭り、敬老会
【何のため?】A.「地域のまとまり、ローカルコミュニティの形成のため、
 楽しみ・助け合いを創る。潜在的に誰もが受けられるサービス。」
・3グループ
【分類】保育、福祉、介護、子育て支援、相談窓口、年金、健康保険、
 ハローワーク、生活保護、救急車、医療
【何のため?】A.「困ったときに最低限の生活を保証するため、
 セーフティネット。当事者にならないと考えることがない。障害者福祉など。」
・4グループ
【分類】TV、ラジオ、広報誌、気象予報
【何のため?】A.「人間が文化的な生活を送るため、
 知りたいという欲求を満たす。最低限の情報の共有。」
・5グループ
【分類】街灯、電気、ガス、水道、ゴミ回収、インターネット、郵便
【何のため?】A.「生活するため。<生>きるため、
 そして文化的に<活>動するため。」

そして、「では芸術が持っている機能はそれぞれのグループに当てはまるかどうか?」(『Can<芸術(art)>A?(芸術はそれができるか?)』)を、再びグループ毎に検証し、発表していきます。

・1グループ
【芸術がみんなの笑顔を守ることができるのか】
No。みんなの笑顔を守るためにつくってはいない。ただし潜在的可能性はある。笑顔を守る役には立てなくても、外部からの敵を作らないことにつながる。日本人がもっとゆるふわキャラになったら諸問題は解決?
・2グループ
【ローカルコミュニティ形成のために芸術ができること】
なんとなくできそう。楽しみ・助け合いに役に立てる。観ることで解釈、作った人の事を知る、感じる。ひとつの芸術作品を多様な人が観ることでコンテクストの形成に。
・3グループ
【芸術が最低限の生活を保証できるか】
孤立・孤独を防ぐことができるセーフティネットとして可能性あり。病院以外に「集まる」場所ができ、医療費が減るなど。場づくりに。
・4グループ
【芸術で人間が文化的な生活を送れるか】
芸術が文化そのものなので、生きてくために必要では。芸術はふりかけのようなもの。毎日白米ばかり食べていたらどうなるか。芸術によって満たされている部分はある。
・5グループ
【芸術で生活ができるか?】
できない。だが、水道や電気などライフラインもその行為自体はアーティスティック。登場当初は芸術的な発明であったはず。芸術は視点次第。

最後に、それぞれが考えたことについてシェアリングを行います。

(発言から抜粋)
・芸術は単独で何かに役立つことはないが、他の分野への波及効果がある。
・文化芸術を、恵まれている人や困っていない人だけのものにはしたくない。生きる力、誇り。来てもらうだけではなく、芸術分野の側から出向いてツールとして提供できるように。
・音楽でいう場合のカラオケのように演劇も大衆化・解体されていくのが理想。それですり減ってしまうほど演劇は弱くはない。
・生きている人を観測したときこそ成立する、作り上げられる過程や作った人の背景をみることによって、観た人が揺さぶられて何かが生まれる。
・医療の目的には「病気を治す」だけでなく「病気にならないよう予防する」ということも含まれる。芸術の目的とは?
・生活を豊かにするのが公共サービス。図書館にケチをつける人はいない。芸術も生活に溶け込むことができれば。感受性の高い人達が増えれば芸術の価値も上がる。
・「芸術」は「教育」と似ている。「欲している人/欲していない人」「必要としている人/必要としていない人」に分かれやすい分野。提供したとしても受け入れるかどうかは相手次第。
・芸術は、福祉など他の分野とつながることで、その分野の質を少ない予算で引き上げることができる。
・公共サービスを受けるのと同様に受け身のままでは「芸術」は公共になれない。獲得していく姿勢でなければ。
・「教育」も昔はそれを不要としている人がいた。浸透することで次第に必要性が認められた。

もしもグループの編成を変えて同様のワークをおこなっていたら、さらに違った答えが導き出されていたでしょう。この場で論じられた「公共」という言葉の意味は、参加者自身の中から生まれたもので、それは人によって異なるということが明らかになりました。
次に行われたWSでそれはより顕著に示されます。


WS4 税について考える


「公共」を考える上で欠かせない「税」というものについて、前半・後半それぞれで立場を変えて考えてみるWS。ファシリテーターは、名古屋で教育活動、まちづくり活動、場づくり支援に携わっている白川陽一さんです。ここでは白川さんによって「スコーキング・ジグソー」と名付けられた、オリジナルの手法が使われました。

「スコーキング」とは、アヒルがガアガア鳴くという意味。
前半と後半それぞれで立場を逆に変え、それぞれの立場から参加者がガアガアと主張して、その違いをジグソーパズルのように組み合わせてみよう、という試みです。

①前半:企画提案者の立場になって

先ほどとは別のグループに分かれた参加者に、以下のお題が出されました。

『あなたは、静岡県が主催する「たくさんの芸術関係者が参加するイベント」に参加しています。ここでは、あなたも関係者として、普段接しない人たちとたくさんの意見を交わし、充実した時間を過ごしています。ちょうどイベントが中盤にさしかかった頃でした。主催者から以下のようなお願いがありました。
「静岡県があなたたちに資金を援助するから、県民のためになるように、使い道を考えてほしい」
参加者は大喜び。早速グループに分かれて話し合うことになりました。さあ、あなた達は、この資金を何に使いますか。』

このお題について、グループごとに分かれ、模造紙にアイデアを書きながら、グループとしての提案を作成していきます。

提案作成後、話し合いを振り返り、「どれくらい自分の気持ちや意見を言えたか?」「メンバーはどれくらいお互いの気持ちや意見を聴けていたか?」「他のメンバーの動きで気づいたことは何か?」などをメンバーそれぞれが出し合い、シェアをしていきます。

②後半:納税者の立場になって
今度はメンバーを総入れ替えして、前半のグループで作成した提案を、新グループのメンバーに対して一人ずつ紹介し、お互いの提案に対して、今度は納税者の立場から質問をしていきます。質問する側のルールは、「提案に対して貢献できると思える内容」であること。

グループ内で一人ずつ質問をA3用紙に書いて回していき、一周したら、提案者はそれらの質問に対する回答を前半で話し合った内容に沿って書き足します。これを繰り返し、何周も回していくと、いつしかA3用紙には網の目状にQ&Aが張り巡らされています。

最後に再び前半と同じように、話し合いを振り返り、「どれくらい自分の気持ちや意見を言えたか?」「メンバーはどれくらいお互いの気持ちや意見を聴けていたか?」「他のメンバーの動きで気づいたことは何か?」などを互いにシェアをして終了となります。


WS5 オープン・スペース・テクノロジー(OST)


ここではこれまでとは異なり、参加者自身から「話したいテーマ」をいくつか挙げ、他の参加者たちはその中で自分が話したいテーマを選んでそこに集まっていく「オープン・スペース・テクノロジー(OST)」というワークを行います。

「テーマを挙げる際のテーマ」は、『社会と芸術についてあなたが今話したいことは何ですか?』とされました。提案者はこの領域内で「情熱と責任」を持てるテーマを10個挙げていくのです。
参加者のうちの10人が、自分自身がいま切実に話したいテーマを黙々と板書していきました。

・芸術が公共的なのか?
・今静岡で演劇(オリジナル)をつくるとしたらどんなものがふさわしいか?
・地域活性としての演劇(芸術)のありかた
・あなたが芸術に救われた体験 その前後のあなたの状況を教えて下さい
・公共の役目として演劇・音楽などの効用を考えることが多いが、そもそも効果が
 あることでしか公共になれないのか?
・社会と芸術においてあなたの達成したいことは何か?
・芸術の力を100%理解してもらうことができるか?
・良い俳優とは?
・芸術家の幸せとは何?どうすれば幸せになれるか?
・日本全体の芸術格差をなくすには?

他の参加者は、これらの中から自分が参加したいと思うテーマのテーブルに入り、議論をしていきます。中には途中でテーブルを変わる人も。
これがOSTの大きな特徴です。OSTには4つの原則といわれるものがあるのです。

・ここに来た誰もが適任者(誰もが話す資格がある)
・始まるときに始まる(始まる時を決めるのはそこに集まった人たち)
・終わるときに終わる(始まりと同じ)
・起こることが起こる


この原則は、蝶(蜜を吸うためその花=グループに留まっている)とミツバチ(そのグループにいてもいいし、移動してもよい)に例えられるそうです。

このワークでは、予期しないような結論に辿り着いたグループも現れました。

例えば、「芸術の力を100%理解してもらうことができるか?」というテーマで話したテーブルでは当初、「そんなこと絶対に不可能だろう」と思っている参加者もいたのに、終わってみるとこのグループのメンバー全員が目を輝かせて「100%理解してもらうことは達成できる!」という結論にたどり着いたというのです。

その後、参加者それぞれが、「今自分の中に起こっていることを考えてみる時間」がとられました。
2分間の沈黙の後、話したい人から少しずつ、自分自身が感じたことを話していきます。

(発言から抜粋)
・公共とか芸術について考えるということは面倒臭い
 色々なレベルの話が往き来していてとにかく面倒くさい
・とにかくすっきりした。芸術も100%もモヤモヤしたテーマ
・自分が100%伝える必要はないし、伝わるときは1000%でも伝わる
・モヤモヤしたテーマでも、テーマを持って座り、
 ひとつひとつを言葉にしてみた時に、
 何で悩んでいたかが1つずつはっきりして、自分の中で自己完結した
・すっきりした。理解してもらえるのだとわかった
・芸術はもともとお金に換算できない、
 効能があるわけではない、それが美しい商品にならない
・人間が生きていること自体が芸術で美しい

これで、WS形式のイベントは全て終了です。


この合宿の成果と可能性を考える

●主催(SPAC)・共催について
公共劇場であるSPACが主催した企画で、公共と芸術について率直な意見交換(場合によっては公共劇場自体が否定される議論が出てくる可能性も含め)を実施すること自体が、まずは評価されるべきポイントだと思います。
また、この企画は、愛知県の「劇団うりんこ/うりんこ劇場」で制作者・WSデザイナーとして活動する平松隆之さん、同じく愛知県でWSファシリテーターをしている白川陽一さん、加藤舞美さん達によって発案されたという経緯を持っています。地域と所属を越境して、目的を共有することができた一つの事例と言えるでしょう。

●場所の成果
主なプログラムは、県立自然公園にも指定されている日本平の中にある「舞台芸術公園」で行われました。都市部の日常性から切り離された空間だからこそ生まれる発想を得られたということもあったと思います。その成果が十分に発揮されたことは参加者たちのアンケート等からも伺えます。
また、静岡県という立地、SPACの施設や公演を活用したプログラムは、その場所であることの必然性や、議論するベースを作り上げる上でとても有効に機能していました。

●合宿という形式で得られた成果
同じく味方となったのは、その場や相手、そして自分自身と自然に向き合わざるを得ない時間が存分にあったということです。シンポジウム形式のものとは異なり、互いにベースを共有するようなWSでは、ある程度集中的に時間を取れることでようやく、深みまで到達できる環境資源を手に入れられたと言えるでしょう。その点で、合宿という形式はとても有効でした。

●ファシリテーターの取り組みによる成果
それらの恵まれた空間・時間をさらに有効化していくときに活躍したのが、ファシリテーターの存在です。彼らのアクションの中で特に印象的だったのは「待つ」という姿勢でした。プログラム全体を通して、「場から自分自身へのフィードバック」を意図的に設けていることがとても多かった。こういったときに、話したいことが出てくるまで待つというのは勇気が必要な行為です。沈黙を恐れず、あくまでもそこに集う人から表現が出てくることを第一とすること。それが、対話を成立させるときの力となっていきました。
また、公共・芸術・社会といった言葉を慎重に捉える姿勢を持って臨んでいたように感じられました。言葉を定義づけることによって、参加者自身の言葉を奪うことを避けていくという姿勢です。基本的な概念こそ、実は参加者によって意味することが違っており、その本質をとらえるためには、迂遠であっても言葉を定義しない方が良いということなのではないかと感じました。

●参加者の個性
最初に触れたとおり、年齢、出身地、職業も異なるメンバーで行われましたが、もう一つ注目したいのは、一人一人の話し合いへの積極性です。能動的であることはもちろん重要ですが、それは同時に、「そうではないあり方も認める」ということともつながっていました。
「相手の受動性、例えばためらいなども含めて受け止める」ということが、逆に相手の積極性を促すということにもなる。場の議論として、それまで沈黙していた参加者の、ふとした発言に他の参加者が気付かされ、その後の話の流れを決定づけたということもありました。

●「対話することを巡る、もうひとつの水脈」の可能性について
一つのトピック、例えば「芸術」「公共」について議論しているときに、参加する人は、それぞれが前提としている言葉の “ずれ”を、互いに抱えています。参加する人全員で言葉の定義づけができればこのような悩みは解決するのでしょうが、残念ながら、そのことを一から行うには、途方もない時間がかかり、参加できる人の範囲を狭めてしまう事にもなります。そのため、今回のWSのようなフレームでは、専門性をベースにした結論を出すのは非常に難しいと思います。
今回のようなWSではむしろ、ゴールとなる正しい結論ではなく、互いの噛み合わなさを歓迎し、ズレがむしろ自身の考えを揺らしてくれる、ほぐしてくれるきっかけとなる、話し合いにおけるもうひとつの水脈というべきものに、注目していきたいと思います。
これは、「会議」と「寄り合い」の違いにも似ているかもしれません。議論の内容よりも、どのようにして議論を成り立たせるかに力点が置かれる、と言ってよい話し合いです。漠然としたものを議論するときに、相手との間で前提となる要素が違っていることは当然で、むしろ、その絶望的な状況下において対話を成立させようとするのであれば、相手の言葉をよく聞いて、自分がそれをどのように受け止めていけるかに、より専念する必要があるのではないでしょうか。
これは日本人が学校などではあまり訓練してきたことのないことなので、とても大変な行為ですが、違いを認めながら合意形成をすることができると、その成果として一人ひとりの人の手元には、自分で考えた結果という大切なものが残ります。それこそが、今回のようなWSの可能性の一つだと思われます。

●リスクについて
WSは万能ではなく、危険性も同時に孕んでいます。それは、参加者がローカルな意見を持ち寄って、そこに立脚した意見を交換することになるため、過去に形成されてきたプロセスを軽視する恐れがあるということです。参加者の合意形成は目的ではなく、それを個人にフィードバックするためのプロセスと言えるため、その自覚が参加者には求められるでしょうし、そこを自覚へと誘導するのもまた、ファシリテーターの機能なのかもしれません。

●今後の展開は?
終了後の参加者の感想は、概ね非常に好評だったようです。
しかし、「次回また同様のWSを企画した場合に参加するか?」という問いについては、参加したいという人とそうでないという人が半々に分かれます。これは、満足ではなかったというよりも、今回行われたWS自体が、プログラムと場所、参加したメンバーの積極性がすべて重なったことによって成立したものなので、メンバーが変わることによって内容も全く違うものになるということを、参加者がどのように考えているかというところで分かれているようです。むしろ参加した人たちが望んだのは、この体験をどのように持ち帰るか。そして、新しい場所、新しいメンバー構成、それによって起こる、全く違った議論をどう続けていくかということに力点があるようです。参加者たちは3日間をかけて、公共性という言葉のイメージを漠然と共有する成果を一人一人の中に積み上げました。この続きを作るのではなく、いったんまた解体し、新しい要素を加えて再構成をしていきたいという意思の表れではないかと思えます。
これは、何か一つのことを成し遂げる上ではとても冗長なことです。しかし、既存の価値観をベースにしたところからしか語る言葉をもたない日本人にとって、ゼロから対話をしていくということが許される環境に身を置くということが、その人の思想をクリエイトし、メンテナンスするという効果をもたらすのでしょう。
この「気付き」を、身体感覚が伴った形で行えることが、WSという形式が持っている根本的な魅力であり、芸術における対話、社会における対話と接続しているように感じられました。

取材・文/藤原顕太


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